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なんと愚かな妻
「読んだらとても面白いので・・・」公表した。
「いずれ発表したいと考えていた」
「何も本を出さなかった人だから一つくらいは出してもいいかと・・・」
「(亡夫が)日記やメモの公表を喜んでいないことはない」
「天皇のお人柄を伝えたかった」
富田朝彦元宮内庁長官の妻の言葉である。
夫の仕事を何と心得ているのか。
軽率のそしりを免れない。
「AERA(7月31号)によると、去年の11月、富田夫人が一周忌の際に『富田メモ』や日記の一部を CD-ROM に収めて友人・知己に配っていたという」(ジャーナリスト 堤堯)
「当時の宮内庁詰めの記者によると、侍従長ならまだしも宮内庁長官が天皇と一対一で話すなんて有り得ない」(「WILL」編集部)
伝えたい「天皇のお人柄」とは、命をかけて自分を守ってくれた東條英機元首相を初めとするA級戦犯を激しく非難するお人柄なのか?
日経新聞を初めとするマスメディアの政治的利用を許しただけではないか。
「富田は小心翼々の小役人で、たまたま長官になったけど、それほど立派な人物ではないともいう」(「WILL」編集部)
産経新聞(2006年9月1日付朝刊)より
昭和天皇お人柄「伝えたかった」
富田メモ公表 夫人語る
昭和天皇が靖国神社のA級戦犯の合祀に強い不快感を示されたとされるメモを富田朝彦元宮内庁長官(故人)が書き残していた問題で、富田元長官の妻(81)は産経新聞の取材に応じ、「こんなに大騒ぎになるとは思わなかった。日記やメモを公表したのは、昭和天皇のお人柄を伝えたかったから」と語った。
妻によると、メモや日記は元長官が平成15年11月に亡くなった後、東京都内の自宅寝室の奥に残されていた。
「読んだらとてもおもしろく、まるで富田が生きているみたいで・・・」
元長官は生前、日記やメモの扱いについて何も言い残していなかった。
だが、彼女自身は「いずれ発表できる機会があればいいと考えていた」という。
(中略)
一方、メモには、昭和天皇が靖国神社に合祀されたA級戦犯の松岡洋右元外相らについて具体的な人物批評をされていたことか残されていたが、この点についても「陛下かお亡くなりになる前から、何度もそのようなお話を(元長官に)されていたようです」と話した。
また、一部で「元長官は日記やメモの公表を望んでいなかったのではないか」と指摘されていることについて、喜んでないことはないと思います。何も本を出さなかった人ですから、一つくらいは出してもいいのかなと思います」。ただ、反響の大きさは予想外だったという。
(後略)
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