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母を手に掛けて生き延びた人
「報道2001」で慰安婦問題、教科書検定問題で、サヨクと保守派の討論が展開された。
どちらが正しいかということより、どちらが一見もっともらしく、雄弁であるか、あるい相手の発言を横取りする非礼さをもっているかだという見本だった。
真相をしらない視聴者は果たしてどちらが正論だとおもったのだろうか。
サヨク陣営
姜尚中、高嶋伸欣、藍谷邦雄
保守派
秦 郁彦、中西輝政、古森義久
保守派は筆は立つが、喋りは下手な人たちだ。
ここは、櫻井よしこ、金美齢、稲田朋美、曽野綾子さんたちのウーマン・パワーに登場して欲しかった。、
フジテレビ「報道2001」(2007年4月8日)
沖縄戦集団自決と教科書検定
渡嘉敷島に住む小嶺正雄さん(77)
「親戚、親族で陣を作って語りあってから、泣きながら、『なんで我々は死ななければいれないのか』と。早まったことょやった。後から考えてみるとね」
昭和20年3月28日 住民315人集団自決。
「あの当時の大人から子供まで。死ぬ前のわめき声、今まだ頭から抜けない」
沖縄キリスト短期大学名誉教授 金○重○(78)
「加害者の意見だけ聞いて、国が教科書を変えるというのは、これは酷いこと、無茶なことだ。
軍から命令があったか、実際、誰が聞いたか、そんなもんじゃない。必然的に追い込まれた。
米軍の上陸の一週間前に(日本の)軍の兵器の係官が、大体10数名20名近くの村の男性、青年を集めて、1人2個ずつ(手榴弾を)配る。
その時、彼らになんと言ったかというと、1発は敵に遭遇したときに投げ込んで、残りの1発で自決しろと言う。
(米軍の)上陸以前に命令を出している。はっきり。
沖縄戦のキーワードは『軍官民の共生共死』。
軍の命令を待つという状態で、我々は村長のもとに結集したわけですよ。
村長が『天皇陛下万歳』と三唱する。あれは『これからもう死ぬんだ』ということだ。
自決の命令と一緒だ。
(私も)自分の手で母親を手に掛けた。
私は号泣した。母も泣いていた。
追いつめられて、決して殺したくて殺したんじない。
だけど殺さざるを得なかった。生きるのが怖かった。
戦争の悲惨さを、戦後ほとんど中学生高校生に教えられていない。
だから過去の戦争の悲惨さを教えなければ、平和の事も真剣に考えない」
インタビューしている新人アナが目を潤ませて、今にも泣き出しそうな顔がアップになる。
確かに悲惨な事実だが、戦争という極限状況の中で、「軍官民の共生共死」は雰囲気としてはあっても不思議ではない。
中西輝政氏が言うとおり、(簡単に捕虜になる中国人や欧米人とは違う)日本人の死生観がある。
(カッコ内はPonkoの補筆)
しかし、当時16歳だった金○さんが、78歳の現在に至るまでの62年間、母殺しの罪意識をどのようにして克服して来たのか、Ponkoの関心はそちらの方にある。
生き恥を晒してでも、平和の大切さを説き、反戦運動を続けることで贖罪したというのか。
このような語り部が姜尚中のいうオーラル・ヒストリーなのか。
大方の反論を承知の上であえて問いたい。
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