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《知らなんだシリーズ12》
日本には愛国心が無かった
「愛国心は強制するものではない。自然に発生するものでなければならない」
よく聞く言葉ですが、Ponkoは直感的に怪しいと思い、愛国心は子供の頃から叩き込まなければ自然に身に付くものではないと当ブログでも主張して来ました。
アメリカでは小学校から教室に国旗を掲げ、毎日始業時に国旗の前で国に対する忠誠を誓うと聞きます。
単一民族である日本(いまやそれも怪しくなってきた)と違って、たくさんの国からの移住民から成るアメリカでは国を纏めるために愛国心を育てること他国以上に必要なのかもしれません。
ところが、日本でも江戸時代には「愛国心が無かった」とは知らなんだ。
ちょっと考えれば、ナショナリズムがない時代だから当然といえば当然ですが。
雑誌「正論」7月号より
詐術に満ちた朝日新聞の「愛国心」報道
「強制反対」「軍国主義の復活」と説くいかがわしさ
佐藤貴彦(評論家)
《一部要約》
幕末に日本を訪れたフランス人のエーメ・アンベールの「幕末日本図絵」(雄松堂書店)によれば、江戸に住んでいる老人に外国と戦争したらどうするかと尋ねたところ「戦うのは侍の仕事だから奥地に逃げ込んで高みの見物をしている」と答えたという。
また、幕末に日本を訪ねたオランダの海軍士官カッテンディケーも長崎の商人に町の防衛について尋ねると、「そんなことは我々は知ったことではない。幕府のやることだ」と答えたという(「長崎海軍伝習所の日」平凡社)。
ヨーロッパ人にとっては「一旦緩急の場合は、祖国防衛のために、力を合わせなければならぬという義務」はごく当たり前だが封建時代の日本は愛国心に基づく祖国防衛の意識などまったく持ち合わせて居なかった。
「ナショナリズム」と「愛国心」は、国民国家を支えるイデオロギーであって、これがなければ国民国家の存在自体が成り立たない。
アジア諸国がヨーロッパ列強の一方的な侵略を受けたのは、軍事的に劣っていたためだけでなく、最大の理由はアジアにナショナリズムがまったく存在していなかったことにある。
イギリスに侵略されたインドやアヘン戦争時の中国がそうだ。
イギリス人が広州に上陸して虐殺、強姦、略奪の限りを尽くしたとき、防衛のために派遣された清国政府軍は、イギリ軍と戦うどころか、なんと元住民に対して同じ暴虐を働いた。
(これはナショナリズムが無かったためというより「文化大革命」や「天安門事件」でみられるように残虐な国民性の問題もあるとPonkoは思うが、これは人種偏見かな)
日本には、こうい一般庶民に対する暴虐の伝統はない。
江戸時代にはナショナリズムは無かったが、他のアジア諸国と違って、明治維新後のナショナリズム確立への動きが非常に素早かった。明治政府はナショナリズムへの教育を積極的に推し進め、19世紀終わり頃にはナショナリズムが確立した。100年の歴史を1年に圧縮するような、もの凄いスピードだった。
当時の日本の指導者の偉いところは国内の戦争に決して外国軍を巻き込まなかったことだ。
幕府も、薩長も、外国軍に支援を求めなかったからこそ現在の日本の独立がある。
朝鮮はまったく正反対で、自力で革命を起こし、自力でナショナリズムを確立するという意志が最初から無かった。彼等は常に外国の支援を当てにした。
2007年1月の朝日新聞の世論調査で「外国が攻めてきたらどうするか」という質問に対し、32%が「安全な場所に逃げる」と答えた。
この数字は1981年の世論調査より増えている。
国民の意識が江戸時代に戻ってしまった。
本論はそのような日本にしてしまったのは朝日新聞だとまでは言っていませんが、朝日新聞の「愛国心」報道を徹底的に分析し、批判しています。
その部分のご紹介は別記事にて・・・
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