|
対支21ヶ条要求の真実
Ponkoは学校での歴史教育で、日本の帝国主義者が侵略した支那に21ヶ条を突きつけて勢力の拡大を図ったと教育を受けて深く反省した。
でも「日本人が勇気と自信を持つ本」(高山正之著)を読むと、まったく違った一面が見えてくる。
1930年頃、中国に駐在した米外交官ラルフ・タウンゼントが書いた「暗黒大陸 中国の真実」を読んで、中国人の本質を言い当てていて痛快だったと高山氏はいう。
(前文略)
例えば南京大虐殺事件だ。
日本軍はここで中国人の子供を放り上げて落ちてくるところを銃剣で串刺しにしたとか、中国人市民の手足を切り落としたとか。
挙句が女性を強姦して局所に棒を突っ込んで殺したとか。そういう虐殺を2か月間、1日も欠かさず、毎日毎日数千人ずつ殺し続けたと江沢民は主張してきた。
しかしヽそういう殺し方は日本の歴史には見られないし、やり方も知らないし、日本人の皮膚感覚に馴染むものではない。
こういう残酷さや残虐さは、民族のDNAみたいなものだ。朝鮮人はかつて蒙古の手先となって日本を攻めた。世にいう文永の役で、彼らはまず対馬を襲い、捕らえた島民の手の甲に穴を開けて縄を通して舷側にぶら下げて日本に来襲した。
日本側が矢を射掛けるのに戸惑いを覚えさせる意図だろうが、それから900年経った今、中国に逃げた脱北者を連れ帰るときに北朝鮮の兵士はやはり彼らの手の甲に穴を開けて、そこに針金を通して連行している。
何百年経とうとそういう朝鮮人のやり口は変わらないものだ。
しかし、そういう歴史もない日本人が、それでも南京大虐殺をやったと江沢民がいい、朝日新聞も相槌を打つ。
日本人はそんなのは濡れ衣だと主張するけれど、そんな皮膚感覚を根拠にしても江沢民をいい負かせられない。国際社会も納得させられない。無実を立証できない苛立ちがずっと積もっていた。
(ponkoが最近みたブログで紹介されていたYouTube(?)の動画で、支那の兵隊が市民の首を後ろから刎ねる映像を部分的にカットして日本軍の仕業だとする教宣映画を暴露したのがあった。いま探しても見つからなくて残念)
それをこの本が吹っ切ってくれた。タウンゼントはまず一つ目の中国人の特性が根っからの「嘘つきでペテン師」であるといい切る。
ある日、使用人が石炭をバケツに入れて盗む現場に行き合わせる。使用人はいう。
「旦那様の石炭が少ないので、家から自分の石炭をもってきたところです」。
そういう嘘がごく自然に出てくる国民だと。
二つ目の特性が残虐さで、彼は国民政府軍や毛沢東の共産党軍が村々を襲い、軍資金と糧抹を調達する様を描いている。
「村長がカネを出すのを渋ると彼らは村民すべて、赤ん坊にいたるまで両足を切り落とした」。
あるいは宣教師を生きたままコマ切れにしたとか。南京で日本人がやったという残虐行為は実は「中国人のみがやっていた」と証言している。
さらに、日本について「こんな中国の政府でも主権国家として尊重しきちんと外交手順を踏んで」交渉しては、馬鹿を見ている例をいくつか挙げる。
その一つが、例の対支21か条要求だ。彼はそれを中国人のしたたかさに乗せられた間抜けな日本、という姿で描いている。
すなわち、日本は期限切れになる鉄道の租借権の更新を中国政府に依頼したのだが、中国政府は条文を命令形にしてくれという。強い日本に命令されればしょうがない、「国民に説明しやすい」といういい分だった。
日本はそれを真に受けて書き直すと、中国政府は世界に日本の横暴を喧伝し、国内では反日運動をいよいよ燃え上がらせた。
「このことは日本外交官を除いて当時、中国にいた各国外交官はみな知っていた」とタウンゼントは書いている。
何で日本があんなつけこまれるような馬鹿げたことをやったのか、これで初めて理解できた。彼はさらに米国の中国贔屓の理由が日本を封じ込め、孤立させるための演出だったことを明確に解説している。
おかげで、彼は真珠湾の後米国政府によって逮捕される。
(以下略)
これを読んで、河野洋平ら日本政府が韓国側からいわゆる「従軍慰安婦」について謝ってくれれば以後言及しないと言われて、軽い気持ちで謝罪したらその後何十年も謝罪せよ、賠償せよと責められて、これからの若い世代の人たちにも引き継がれていくというバカな話しを連想してしまった。
しかし、何の論拠もないのに、それは嘘だという人もいる。
たとえば、ウィキペディアでは・・・
第一次世界大戦の隙を突いて、露骨な帝国主義的要求を強要したものであった。
外交的に非常に拙いやり方であり、火事場泥棒的な行為は大隈重信の晩節を汚すものであったといえよう。
但し、東郷茂徳の手記『時代の一面』によれば、袁世凱に要求を提出した当時の日置益駐華公使の話として「21ヶ条の要求」自体が袁世凱の方から日本側に持ちかけた話だという伝聞が記述されている。
(中略)
全く根拠のない作り話であるとは言いがたいが、袁世凱が数十の交渉を重ねて受託を拒否し続けたことを考えると信憑性に疑問を持たざるを得ない。
資料や根拠もなく歴史を語る時は、発言者のイデオロギーが始めにありきになってしまい、説得力はない。
高山氏はラルフ・タウンゼントの書いた著書に続いて、現役日本人外交官の書いた「『エコノミックアニマル』は褒め言葉だった」(多賀敏行著)を読んで朝日新聞と同様なマッカーサー・ヨイショに呆れて、マッカーサー憲法と戦後教育の悪弊を指摘する。
「日本は侵略国家」という教育
対日賠償使節の肩書でやってきたエドウィン・ポーレーは日本の工場施設の多くを日本から運び出し、中国や朝鮮に無償で与えた。
狙いはもちろん、白人国家の脅威となる日本の無力化で、農業国化に先立ってすでに航空機の運航も製造、研究も禁止、「財閥の解体」という名目で重工業を潰していった。
そしてその仕上げが平和憲法と「日本は侵略国家」教育だった。
これらの指針はワシントンが出し、マッカーサーが実行した。
とくにあの「世界平和のために日本は軍隊を持たない」という条文。どう読んでも日本が武力を放棄すれば、平和が実現すると読める。気違い・日本に刃物はもたすなというわけだ。それを執筆したのがマッカーサーだった。
あの時代、日本さえ抑えれば有色人種国家の中で白人支配体制を脅かす国はない、というルーズベルトやトルーマンの浅はかさが生んだ対日占領政策だが、そのお先棒を担いだマッカーサーを慈父とはよくいう。
悲しいことに、これが日本の外交官の程度なのだ。
(2004年11月号)
|