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核論議をタブー視するな
憲法改正の論議を始めるのに何と60年もかかった。
それまで、現行憲法の改正などと口にすることも許されないタブーであった。
現在のタブーは「核論議」である。
中川昭一政調会長が「核の論議」と言っただけで、袋叩き状態になっている。
無法国家の北朝鮮がミサイルを日本海に飛ばし、核実験をしたというのにである。
これでアメリカは自分の核の傘の下で当分日本は甘んじていると安堵し、中、韓、朝、露は日本に核武装の芽はないと高を括ってますます傲慢な態度で日本に接するだろう。
国益のぶっつかりあう外交に軍事力の背景は必須だというのにである。
今朝の産経新聞で湯浅博氏は「日本で核論議が巻き起こるだけで、実は北朝鮮や中国に対する抑止力が働く」と述べている。
米国に対しても牽制球の効果はあるはずだ。
それを封殺しようとする一派はやはり反日近隣諸国に加担する反日分子だということになる。
「議員は法解釈ではなくて、いかに国民を守るかの戦略を語れ」という湯浅氏の主張にのサワリをご紹介する。
産経新聞(2006年10月18日付朝刊)より
湯浅博の世界読解
対北戦略 タブーなく語れ
(前文略)
北が核を持った以上、いやでも、日本は抑止戦略を構築しなければならない。小競り合いから始まる偶発戦争への備えも必要になる。
それが安全保障の定石であるのだから、まことに厄介な時代に突入してしまったのだ。しかも相手は世襲型の独裁制であり、麻薬製造・密輸、偽札づくり、拉致を働く無法国家である。
ブッシュ米大統領はすかさず、北を抑止するために日本に核の傘を差し掛けた。大統領は日本など同盟国に対して「米国はその抑止と安全保障に関する約束を守ることを再確認した」と述べ、北が同盟国を攻撃すれば、米国への攻撃と見なして報復することを示唆した。
日本が「普通の国」なら、それでも不安だから独自の核武装論議が噴出するだろう。ブッシュ大統領の側近だった米シンククンクのAEIの研究員、フラム氏は、北を支援した罪で中国を懲罰し、日本には核抑出力を持たせるべきだとニューヨーク・タイムズ紙に書いた。
米国論壇の多数説はペリー元国防長官の主張に近い。日韓が核武装に走らないよう米国か核の抑止力を引き続き提供すること、核がテロ国家や組織に拡散することを阻止することだ。
ところが、日本ではこうした核戦略を自由に語ることができない。論議ですら「核」がつけばすなわち悪であり、「茶の聞の正義」にとっては敵である。与野党ともに北の核より選挙の方が怖いらしく、一斉に□をつぐむ。従って、北も安心して核実験ができる。
日本国内で核論議が起こると中韓北が困る。するとこの3カ国の友好派が先回りして論者に対するバッシングを買って出る。「反核」の声を動員して、北への制裁論議が「前のめりに過ぎないか」と茶の間に呼ぴかけるのだ。
自民党の中川政調会長がテレビ番組で「憲法でも核保有は禁止されていない」といったとたんに、サンドバッグ状態だった。「議論は当然あっていい」とつけ加えれば非難囂々になる。
とくに公明党と野党の反対は「議論さえも許さない」というのだから、時代錯誤もいいところだ。かくて日本では現実主義の戦略諭が欠落してしまう。
国益の観点から、核保有のプラスとマイナスを計算すれば、マイナスの方が大きいことは想像に難くない。しかし、日本で核論議が巻き起こるだけで、実は北朝鮮や中国に対する抑止が働くことになる。
わが国会は周辺事態法を適用して、米艦船以外にも海上自衛艦から支援ができるのかと官僚なみの解釈論を延々と続ける。議員とは法の解釈者ではなく、制定者ではなかったのか。
それよりも、イージス艦やミサイル防衛網の前倒し配備だけで日本を守れるのかを語ってほしい。海自艦に敵基地をたたく巡航ミサイルを導入しないで、抑止力は本当に大丈夫なのかを議論すべきだろう。
国会議員が戦略を語ることを放棄するようでは、本当に国民を守る意図があるのかを疑う。
(東京特派員)
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