大学卒の進路状況―清華大学日本語科の今年のケース
正確に言うと、私は留年生です。大学2年目が終わって日本に渡り、1年後帰国して個人の希望で3年生になりました。つまり、この7月、私はまだ3年生なのに、私の元クラスメートたちがみんな卒業するわけです。
惜別の気持ちが続く中、今日の日記では、この清華大学日本語科2002級(2002年入学という意味)卒業生の進路について、ご報告したいと思います。
現在中国では、大卒の就職は厳しくなる一方です。多くの学校では、大学院生への推薦の割合が3%〜10%。学歴は依然として重視され、院生になりたい人が増え続ける。そこで大学院入学試験は、「第2次高考(高考は大学入学試験のこと)」と呼ばれるほど競争が激しい。一方、全国大学の生徒募集拡大によって、毎年、卒業生が増えるに連れて、大学卒業生の初任給は下がる一方。一部のところでは、大学卒業生の初任給が、低いとされる肉体労働者の給料より低いという現象もマスコミに報道されている。
そんな情勢の中、中国の名門校とされる清華大学の学生は恵まれているように見える。いろんな機会が多く、選択肢も多い。就職にしても、多分、他の大学の学生より少しながら有利だろう。
それでも、転々とする人が多い。就職する人はともかく、院生になった人たちも、2年後、同じような情勢に向かうことになるだろう。これらの事情を念頭において、文章を読んでいただきたい。
万国共通だろうが、大学卒業生の進路は主に3つに分けられる。留学、大学院(推薦入学或いは入学試験)、就職。清華大学の特徴は、留学と大学院推薦入学の割合が非常に高いことである。「留学」は(毎年卒業生全員の)20%〜30%、大学院推薦入学は約50%、就職は約20%前後、という大まかな数字がある(入学式の時、学長先生が示された)。年によって違うが、歴年の傾向を表す数字として知らされている。
今年の日本語科の卒業生12人。留学が1人、院推薦入学は7人、就職は4人となっている。就職と留学の割合は前の数字とずれがあるが、就職する人の中で、二人が留学申請がうまく行かない状態で就職したこともあって、全体的に考えると大体前の数字にあっているだろう。
過半数は大学院へ
今年の大学院に入った7人。日本語科の院生になったのは4人いた。日本語科と他学科の提携で、人文科技研究所(主に日本との技術交流やその類)に1人と、公共管理学院に1人。もう1人は自ら全学募集に応募し、公共管理学院に入った。
今までは、以上の学科以外にも、歴史学部、国際関係研究所、マスメディア学院などに入った先輩がいる。
推薦入学の方法としては、まず学生が書面で申請表を希望先の学科に提出し、学科が最初選別したあと、選別された一部の人が面接を受ける。選別の最も重要な基準として、大学4年間の成績を表す「学分積」というものがある。簡単に言えば、「学分積」は大学四年間のすべての必須・選択必須科目の成績にそれぞれの単位をかけて出した数字の和を、それらの単位の総和で割った結果である。その計算法が実に難しい。
推薦の資格を得るには、「学分積」はクラスの前半に入るのが前提条件である。
悩む、留学?就職?――就職4人組の場合
数字ばかりの文章になってしまいました。少し世間話をしましょう。
就職した4人にはそれぞれの物語がある。
●音楽関係へ――日本の大手レコード会社が中国に新しくつくった支社での仕事。彼女は音楽が大好きで、「この仕事は日本語があんまり使えないけれど、好きな仕事を見つけて幸せ」と言った。
●日系企業へ――彼女は3,4年生の時、慢性の病気になって、なかなか完治できないまま卒業に突入。就活の時でも体調はそんなによくなかった。そして社会人の彼氏があと数ヶ月で転職して、日本に行く予定。身体を心配して中国に残るか日本に行くか、職が見つかった今でも、彼女は迷っているようだ。
●湖南省のテレビ局へ ――最初は香港の大学に留学希望だった。しかし、書類交換の時、何かの間違いがあって、彼女は香港に行けなくなった。今は湖南省にある全国大人気のテレビ局で楽しくやっているようだ。
●広州の会社へ――就職がほぼ決まった後、日本の広島大学への留学機会が出来た。考えに考えて、就職をあきらめ留学申請に取り組んだ。今年9月に研修生として日本に入り、来年4月入学の予定だったが、希望の学部には秋の院生募集が無いため、入学は1年間遅らせなければならない。彼氏が中国にいて、自分の青春も考えて留学を放棄した。就職シーズンを外れての就活だが、希望通りの広州の会社に就いた。
留学が決まった人は、あの有名なケンブリッジ大学経済学部。自ら仲介人を捜し、書類や電話面接を受けたあとの私費留学だ。留学申請しながら、彼女は就職の面接も受けていた。
私は...?
今、私も日本留学を希望していますが、失敗したら、就職するでしょう。日本留学は、まだ私たちにとって難しいもののようだ。そして留学すると決めた時点で、院生推薦の資格を失うことになる。清華大学の学生にとって、選択は難しい。
今回は日本語科の卒業事情について紹介した。日本人と接する機会の最も多い中国人の一部として、日本語を専門とする中国人たちの行方は、たとえ彼らは将来何をしていても、日本語と、日本と、そして中日関係と切っても切れない、何かの繋がりがあるだろう。
中国と日本の繋がりは、このような目に見えない細い糸の1本1本が人と人との間で結びつき、少しずつ出来上がったものだと、再認識した。(劉纉=寄稿)
※劉纉さんは湖南省出身。現在、清華大学日本語学科の3年生(21歳)。2004年10月から1年間岩手大学教育学部に交換留学。2005年10月に清華大学日本語学科に戻りました。「日中の相互理解のためになりたい」が希望なだけに、日本語の文章も、お読みになってお分かりのように抜群です。
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詳しいレポートに感嘆。中国の学生たちが置かれる厳しい進路選択が実感できた。せっかく日本語を学んでくれた学生たちが、何らかの形で日本とつながりをもち、両国の友好のために貢献してくれることを期待している。真剣に生きている清華大学の学生にエールを送ります。
2006/7/8(土) 午後 4:37 [ ajikaze ]