涼を求めて 湿原街道(下)
根室半島から知床半島の内海沿いには風連湖・春国岱(しゅんくにたい)・野付半島と湿原がつづく。
日本でももっとも人口過疎な地域だ。
前日に続いてこの日も30度を越し、湿原地帯だけに高木はほとんどないため直射日光が照りつける。
この地としては記録的な暑さで、とても散策路を歩く気にはなれない。
風連湖ではビジターセンターに入って、双眼鏡を覗きこんでいると、 タンチョウヅルのつがいが飛び込んできた。
湿原に長いくちばしを入れて、しきりに餌をついばんでいる。
特別天然記念物・タンチョウヅルを見ると、ああ道東に来たんだなと実感する。
最近は繁殖が進んで、生息数は千羽を超え、生息場所も広がりを見せているという。
海の愛嬌者
風連湖から尾岱沼(おだいとう)に着いた私たちは、ここで船に乗ることにした。
船に乗って野付半島に上陸しようというものだ。
野付半島はオホーツク海の潮の流れによって造られた釣針状の日本最大の砂嘴(さし)で、全長28キロ、懐に野付湾を抱え込む。
そのわずか18キロ沖には国後島が見える。
さわやかな潮風をうけて野付半島に近づくと、海面から生き物が姿を現した。
ゼニガタアザラシだ。
顔を出したと思ったら姿を消す。
まるでもぐらたたきのようだ。
船長もスピードを落としてサービスしてくれる。
なかなか愛嬌がある海獣だ。
変貌したトドマツの墓場
野付半島は地盤沈下と潮風の影響で、白骨化した枯れたトドマツが林立している特異な景観で知られている。
トドワラといわれ、まるで樹木の墓場のようだ。
ところが上陸して驚いた。
以前の墓場の凄みがまったく感じられない景観に変わっていた。
去年佐呂間町に竜巻が発生して、多くの死傷者が出たのは記憶に新しいが、その直後低気圧がこの地を通過した。
爆弾低気圧と地元の人は呼んでいる。
この低気圧で湿原の木道はめくれあがって壊され、トドワラが倒れて櫛が抜けたようになったという。
トドワラはやさしい景観に変わっていた。
野付半島の付け根まで歩く。
砂丘草原の原生花園だ。
ハマナス、エゾカワラナデシコ(写真下左)、エゾフウロ(中央)ツリガネニンジン(写真下右)エゾツルキンバイなどの海浜植物が観察された。
人が行けない湿原の向こうには白い帯状のものが動いている。
何だろう。
双眼鏡で覗くとアオサギの大群ではないか。
タンチョウと錯覚しそうだ。
詐欺にかかってはいけない。
軽く100羽以上はいる。
アオサギは湿原をつつき、羽を広げている。
あの辺りにアオサギの一大コロニーがあるのだろう。
手付かずの壮観な自然の営みが目の前にあった。
暑さを忘れて食いいるように見入った。
酪農の郷
野付半島で夏の花を満喫したバスは、根釧台地を駆けめぐる。
行けども行けども牧草地帯だ。
鈴木宗男は若いころ、この地を走り、牛を相手に選挙演説を勉強したという。
あのドスのきいた大声は、牛の向こうにいる有権者に届くために自然に身についたものだろうか。
この地域は牧場の名前以外、標識がほとんどない地域である。
あまりの広さでドライバーが方向を誤り、原野を迷走する。
何しろ花を求めて自由気ままに走っているバスである。
ようやく地球が丸く見える名所に着いた。
開陽台展望台である。
海抜わずかに235m、眼下には北海道開拓の歴史の証「格子状防風林」が一望できる。(写真右)
北海道遺産に指定されている景観だ。
隣には東京ドームが167個も入る牧場が広がっている。
海抜は低くても360度パノラマの世界である。
開陽台は本州から訪れるライダーが必ず立ち寄るところだ。
彼らにとって開陽台はライダーの聖地だという。
大都会の喧騒の中で暮らす若者にとって、この地は対極にあるのだろうか、
展望台の手すりにつかまったまま、じっと動かない若者があちこちに見受けられる。
展望台脇でようやく牧場の主・牛と対面した。
といっても、生きてはいない。
「乳牛の像」である。
横の記念碑には「酪農郷の牧場が一望できるこの丘に、感謝をこめて建立する」と刻み込まれてあった。
この地の立役者は人間ではない、乳牛だよということか。
いかにも北海道らしい顕彰碑である。
3日間、走り抜けた距離は合計1270キロ、東京から博多を軽く越えた。
北海道は広い。
涼を求めたはずの湿原街道の旅は、皮肉にも記録的な暑さとの戦いだった。
しかし、この乳牛の像に立ちつくした時が、もっとも涼しかった。
アカツメクサとシロツメクサが牛の足元に生えていた。
(完)
(寄稿=望田 武司)
望田 武司(もちだ・たけし)1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。
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