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日本銀行の福井俊彦総裁が、証券取引法違反(インサイダー取引)の疑いで東京地検に逮捕されている村上世彰容疑者が代表を務めていた「村上ファンド」に99年から1000万円を投資していたことが明らかになった。金融政策の最高責任者である日銀総裁として、あるまじき行為である。辞職する必要はないが、国民の前にすべての事実関係を明らかにして、何らかの形で道義的責任をとるべきである。 99年当時、富士通総研理事長だった福井氏が「村上氏の志を激励するために」投資したことは個人の自由であるし、何の問題もない。その行為が日銀の内規に抵触していないことと、運用益について、「ルールに基づき、適正に報告されている」ことも、一応、日銀の説明を信用することにしよう。問題は、03年、福井氏が総裁就任に当たって、村上ファンドから投資資金を引き上げず、運用を任せ続けたことである。 福井氏が個人的な考え方として、村上ファンドの存在やその活動を支持することは自由である。しかし、日銀総裁という厳しい中立性と独立性を求められる公職に就いた以上、特定のファンド、証券会社、銀行などの営業活動を支持すること、ないし、支持しないことが明らかになるような言動は許されない。この点についての福井総裁の認識と行動は、あまりにも「軽い」。 福井氏は、13日の参院財政金融委員会で、質問に答えて、事実関係をある程度、説明し、小泉首相も出席した政府の会合で陳謝した。しかし、同日の記者会見は拒否したという。「違法行為やルール違反は行なっていないのだから、釈明する必要はない」と言うのだろうが、これでは、日銀総裁という公職の重さや、新・日銀法によって政府から独立した日銀のなすべき説明責任の重要さを理解していないと批判されても仕方ない。 15、16両日の国会答弁と15日の記者会見でも、事実関係を全面的に明らかにせず、日銀内部のルールについても抽象的にしか説明しなかった。日銀総裁として見識を疑われても仕方ない態度である。 日銀と福井総裁が、今、直ちになすべきことは、次の3点である。 1)総裁以下の役員について、米国の連邦準備制度理事会(FRB)並みに、個人資産を毎年、国会に報告し、公開するなど、透明性の高いルールをつくる 2)英国の中央銀行、イングランド銀行のように、役員が保有する、不動産を除いた有価証券類は信託財産とし、役員が直接的に投資判断をできないようにする 3)記者会見して、事実関係を全面的に説明した上で、何らかの形で道義的責任をとる 新・日銀法は98年4月に施行された。旧法に比べて、独立性と透明性が強調されている
のが特徴である。にもかかわらず、施行と同時に1)2)のような措置がとられなかったのは、明らかな手落ちである。日銀の独立性と透明性についての認識の甘さが原因である。 日銀は、福井総裁の責任を回避しようとしている。総裁に傷を負わせたくないのと、金融政策をめぐる日銀の立場が弱くなる恐れがあるためであろう。しかし、福井総裁に対する信用には、すでに自らの行為によって傷がついている。信頼を少しでも回復する道は責任を進んでとることしかない。政府与党は、表向き、福井総裁を擁護している。だが、その裏には、金融政策でゼロ金利解除の時期を遅らせるなど、政府の意向に従わせようとする下心を持っている可能性がある。政府与党の恣意を防ぐためにも、福井総裁が自ら進んで責任を取るのが最善の方法である。(早房 長治) |
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2006年06月16日
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民も官も不祥事続き2人に限らずここ数年、じつは民も官も不祥事続きである。財閥系自動車メーカーの欠陥車による死亡事故、大手商社の排ガス浄化装置のデータ捏造、電力会社の原発配管破裂で死傷者。JR西日本の107人の死亡事故と続く。大手生保の保険金支払いの不当拒否事件も消費者の不安をかき立てるだけに許し難い。これだけ不祥事が続くということは、日本の社会全体に大きな変化が起きているからではないか。勝つならば、もうけさえすればそれでよい。法律に触れさえしなければよいという風潮が広がっているのではないか。子供の頃、どこの親も「人に迷惑をかけてはいけませんよ」「お天道様が見ていますよ」と言ったものである。それが最低のモラルであり、社会に対して“恐れ”というものがあった。民営化とは競争とか効率化、採算と同義語だが、民間企業といっても公共的使命を持っている。「官から民へ」、市場化、効率化、利益第一主義の大合唱の中で、公共性、つまり安心とか信頼が軽んじられているのではないか。 「公共心」が薄れる官の世界も目を覆うばかりである。財政難の大阪市が長年にわたって職員の福利厚生や手当に多額の公金を投入していた実情が次々に明るみに出た。大阪市の債務は5兆5000億円もある。経済産業省でも巨額な裏金づくりをめぐる不祥事が発覚。17年にもわたって調査研究費の残余額という形で適切な処理を怠っていた。経産省の信頼を根底から崩すことではないか。裏金といえば、北海道警の裏金問題の告発をきっかけに、全国で警察の裏金問題が次々に発覚。道路公団では橋梁談合事件、防衛施設庁の談合事件と続く。いずれも古巣に顔の利く天下りのOBの差配による「官製談合」である。 国民の老後の年金を扱う社会保険庁では、年金のムダ遣いや年金の個人情報の流出、元長官の贈収賄事件などが続いたばかりだが、今度は国民年金保険料の違法免除が発覚した。 中央省庁の予算消化のムダ遣いは、昨年5月、参院財政金融委員会で民主党の桜井充氏の指摘で明らかになった。中央省庁の月別支出実績によると、3月1カ月間の支出額は16省庁で16兆円もあった。ムダなく使われていると信じたいが、なかには社宅や保養所などを購入したり、旅費があまるとファーストクラスで欧米にグルメ旅行に出かけたりというケースもあったという。国の借金を800兆円という天文学的な金額にしておいて「穴埋めは増税で」ではたまったものではない。タックスペイヤーとして大いに怒ってしかるべきところである。 小泉構造改革は「経済の市場化」で進められている。この市場化は米国のシカゴ学派のフリードマン教授の影響を受けたといわれる。フリードマン教授の師匠のフランク・ナイト教授は、「競争と倫理」という著書で、競争は倫理の裏付けが前提であると説いた。またナイト教授は、米国が広島、長崎に原爆を落としたことに心が痛み広島で被爆した女性を養女にした―と、宇沢弘文・同志社大社会的共通資本研究センター長は紹介している。改革はポスト小泉でも続けられなければならないが、「市場化による改革」は、いささか問題があると思われる。 (栗原 猛) ※このコラムは、ヤフーセカンドライフサイトとの提携企画です。
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