メディア・レボリューション

マスコミ各紙各局のOBや、現役の解説者などからなるニュースブログです。TVや新聞には出てこない「新しい」情報を発信します。

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イメージ 1 川戸惠子・TBS特別解説委員がマニフェストの提唱者、北川正恭・元三重県知事、現・早稲田大学大学院公共経営研究科教授に聞く「北川教授の政治塾」が、28日、Channel Jのスタジオでスタートした。初回は小泉政治の総括として、その「光」と「影」をテーマにした。2回に分けてお届けする。


 冒頭、「(小泉総理が)まさか小選挙区制をこんなに(うまく)利用するとは思わなかった」と、昨年9月の総選挙を振り返ってもらった。  
 北川教授は、平成6年に導入された小選挙区制度は、「(国会議員を選ぶ形を)候補者中心から、政策中心の選挙に変えようという制度。マニフェストの元祖、イギリスでは「わが党の候補者がたとえ豚でも当選する」という例え話を挙げ、政策中心の考え方が浸透していることを紹介した。

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政権選択の選挙を断行−条件付き評価
イメージ 3 「そのような政策中心の選挙を、小泉総理は、郵政民営化に賛成か反対かを問うことで、説明が足りないながらも、政権選択の選挙を断行したのだと思う」と、候補者の擁立が、地元の有権者の合意を得るという、民主主義に必要な手続きなしに行われたことを指摘しながらも、方向性は評価した。
 一つの選挙区で複数名が当選していた中選挙区制の時には、自民党の各派閥から候補者が出馬していた。内閣と与党が不一致の場合が多く、国民は(政権)選択のしようがなかった、ことにも触れて中選挙区と対比した。
内閣主導で「政治の風景変えた」
 また、「小泉総理は、経済財政諮問会議などを利用しながら、内閣主導の政治体系を、“まがりなりにも”築いてきた。小泉さんは経世会(橋本派)に対する福田派の怨念だと思うんだけど、そういうものを政治の場にもちこんで、かなりの部分を改革して、『政治は変わる』というイメージを国民に与えた功績は、大きかった」ここでも評価点。

ポスト小泉もマニフェストを
 さらに、「今度の総裁選、また派閥がうごめいているようですが」と話を向けると、北川教授は、「政治改革の時は、選び方によって(政治が)変わるということで選挙制度を変えた。ポスト小泉でも、立候補される方はマニフェストを堂々と掲げ、密室談合ではなく、正々堂々と、党員・国民にアピールして、『約束した以上は断固やる』という選び方。これが政治のあり方を変えていく。」と、主張した。さらに「昨年、市長選挙などを見てきましたけども、政策選択を迫って過半数の信任を得た人は、執行権が圧倒的に強くなる。すると、役人は首長の指示を聞くという習性が出てくる。だからポスト小泉にもそうやってほしい」と、マニフェストの導入が進んでいる地方の首長選挙での実践を踏まえ、マニフェスト選挙の意義を強調した。
 また、中央と地方の関係が変わった点も質問した。
 北川教授がライフワークにしている分野だ。
 「分権は進化した」との認識を示した。が、続けて「仏はできたが、ポスト小泉が魂をいれなければならない」と今後にかかっている、と注文を付けていた。(川戸惠子)

彫刻家・本郷新を偲ぶ

 本郷新(ほんごうしん)といえば札幌出身で、日本の野外彫刻家の第一人者として知られています。
 代表作は、立命館大学国際平和ミュージアムにある 「聞けわだつみの声」 (写真右:札幌彫刻美術館にある複製)です。
 札幌大通公園の顔 「泉の像」 (写真左)も彼の作品です。
 全国あちこちに本郷新の作品が、公園や公共施設の入口に建てられています。
 生誕100年だった去年は、本郷新を偲ぶさまざまな催しが開かれ、テレビの日曜美術館でも特集が組まれて、彼の作品が改めて全国の美術愛好者に紹介されました。

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慰霊祭
イメージ 2 6月末、本郷新の慰霊祭がありました。
 本郷新の息子の本郷淳(故人・俳優)の奥さんで、俳優の柳川慶子さんと、その息子のこれまた俳優で孫にあたる本郷弦さん(仲代達矢主宰の無名塾所属)が東京から駆けつけました。
 本郷新の遺骨が分骨されている石狩浜に立てた代表作のひとつ 「無辜の民(むこのたみ)」 に花束が捧げられました。
 札幌近郊の石狩浜は、日本で初めて総天然色映画(カラー映画)を撮影した高峰秀子・佐田啓司主演の「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となったところです。

雪は下から降ってくる
 実は本郷新が亡くなったのは6月ではなく、2月13日です。
 従って慰霊祭は毎年命日にあたる2月13日に行われていました。
 ところが石狩浜の2月というのは地吹雪で、冬は人を寄せ付けないところです。
 命日の前日、石狩市の教育委員会の人たちが苦労して道をつけるのですが、翌日の式の時には道が跡形もないという状態でした。
 当時を振り返って慶子さんは、「雪というのは空から降ってくるものと思っていましたが、石狩浜にきて雪は下から降るということを初めて知りました」と思い出を振り返っていました。
 また、慰霊に参加する人も次第に高齢化したこともあって、数年前から寒さの厳しい2月の命日のときの慰霊祭をやめ、代わって本郷新の作品が収められている札幌彫刻美術館の開館記念日である6月末に「石狩の像を訪ねる旅」として行われることになりました。

咲き乱れるハマナス
イメージ 3 仕事で忙しく全国を駆け回っている柳川慶子さんは、4年ぶりに慰霊祭に参加しました。
 晴れ上がった空を見て慶子さん、挨拶の中で曰く「これまで出席した中でこんな天気が良かったのは初めてです。東京を出るとき雨の予報でしたので傘をもってきましたが、雨傘が日傘になりました」

 石狩浜には真っ赤なハマナスが風に吹かれて咲き誇っていました。
 本郷新の彫刻「無辜の民」は夏の海水浴の時期しか人の姿を見ることがない石狩浜の小高い砂丘にひっそりと横たわっています。
 本郷新の彫刻が、なぜ人を寄せ付けない石狩浜にあるのでしょう。

無辜の民
 無辜の民は自然の猛威や人間社会の矛盾によって縛り付けられた「罪なき人々」を意味します。
 本郷新が中近東を旅行して目のあたりにした多くの罪なき生活者の犠牲と、辛苦を重ねた北海道開拓者たちの魂をオーバーラップさせ、布で全身を巻きつけてもだえ苦しむ姿で表現したものと言われています。
 本郷新は開拓時代を思わせる荒涼とした石狩浜こそ、この作品にふさわしいとこの地の建立を強く望み寄贈しました。
 そして1周忌のとき、本郷新の遺骨は分骨され、無辜の民の台座に本郷新が眠っています。
 台座は北海道開拓の入り口でもある石狩川を上る船を模して作られています。

珍しい彫刻
イメージ 4 本郷新の足跡をしのぼうと、参加者は彼のアトリエで今は美術館になっている札幌彫刻美術館で彼の作品を鑑賞しました。
 ここの学芸員は優秀な女性で、一人で2000点の作品を数ヶ月ごとに入れ替えて展示しています。
 私は年数回この美術館に訪れて相当数の彫刻を見ていますが、この日あっと驚く作品を見ることができました。
 この写真をご覧ください。
 彫刻の題名は 「打つ」 です。題材は手です。
 指の先を良くご覧ください。碁石をつかんでいます。
 この作品は1976年の作品で、本郷新がこの年天元位を獲得した棋士にトロフィーがわりの記念品として贈呈したものだそうです。
 この作品は誰にわたったのかな、さっそく調べてみました。
 1976年のタイトルホルダーは、藤沢秀行9段でした。
 今からちょうど30年前、この年はビッグタイトル・天元戦がスタートした年でもあります。
 初代天元ということでこの珍しい彫刻が贈られたのでしょうが、迫力あるトロフィーというか、記念品をもらって、初物食いの豪傑、藤沢9段もさぞびっくりしたことでしょう。
 彼に彫刻の関心があったかどうかわかりませんが、この記念品は、いまどうなっているのでしょうか。
 おそらく日本でもこの種の彫刻、記念品は他にはないでしょう。
 制作者は本郷新、相当値打ちのある希少美術品といえそうです。
 居間に飾ってあるのか、倉庫にしまいこんで埃にまみれているのか、それとも捨ててしまったか、人にあげたか・・・。
 熱烈な囲碁ファンとしては、ぜひ知りたいところです。(望田 武司=寄稿)



望田 武司(もちだ・たけし)1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。

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大学卒の進路状況―清華大学日本語科の今年のケース
 正確に言うと、私は留年生です。大学2年目が終わって日本に渡り、1年後帰国して個人の希望で3年生になりました。つまり、この7月、私はまだ3年生なのに、私の元クラスメートたちがみんな卒業するわけです。
 惜別の気持ちが続く中、今日の日記では、この清華大学日本語科2002級(2002年入学という意味)卒業生の進路について、ご報告したいと思います。

 現在中国では、大卒の就職は厳しくなる一方です。多くの学校では、大学院生への推薦の割合が3%〜10%。学歴は依然として重視され、院生になりたい人が増え続ける。そこで大学院入学試験は、「第2次高考(高考は大学入学試験のこと)」と呼ばれるほど競争が激しい。一方、全国大学の生徒募集拡大によって、毎年、卒業生が増えるに連れて、大学卒業生の初任給は下がる一方。一部のところでは、大学卒業生の初任給が、低いとされる肉体労働者の給料より低いという現象もマスコミに報道されている。
 そんな情勢の中、中国の名門校とされる清華大学の学生は恵まれているように見える。いろんな機会が多く、選択肢も多い。就職にしても、多分、他の大学の学生より少しながら有利だろう。
 それでも、転々とする人が多い。就職する人はともかく、院生になった人たちも、2年後、同じような情勢に向かうことになるだろう。これらの事情を念頭において、文章を読んでいただきたい。

 万国共通だろうが、大学卒業生の進路は主に3つに分けられる。留学、大学院(推薦入学或いは入学試験)、就職。清華大学の特徴は、留学と大学院推薦入学の割合が非常に高いことである。「留学」は(毎年卒業生全員の)20%〜30%、大学院推薦入学は約50%、就職は約20%前後、という大まかな数字がある(入学式の時、学長先生が示された)。年によって違うが、歴年の傾向を表す数字として知らされている。
 今年の日本語科の卒業生12人。留学が1人、院推薦入学は7人、就職は4人となっている。就職と留学の割合は前の数字とずれがあるが、就職する人の中で、二人が留学申請がうまく行かない状態で就職したこともあって、全体的に考えると大体前の数字にあっているだろう。

過半数は大学院へ
 今年の大学院に入った7人。日本語科の院生になったのは4人いた。日本語科と他学科の提携で、人文科技研究所(主に日本との技術交流やその類)に1人と、公共管理学院に1人。もう1人は自ら全学募集に応募し、公共管理学院に入った。
 今までは、以上の学科以外にも、歴史学部、国際関係研究所、マスメディア学院などに入った先輩がいる。
 推薦入学の方法としては、まず学生が書面で申請表を希望先の学科に提出し、学科が最初選別したあと、選別された一部の人が面接を受ける。選別の最も重要な基準として、大学4年間の成績を表す「学分積」というものがある。簡単に言えば、「学分積」は大学四年間のすべての必須・選択必須科目の成績にそれぞれの単位をかけて出した数字の和を、それらの単位の総和で割った結果である。その計算法が実に難しい。
 推薦の資格を得るには、「学分積」はクラスの前半に入るのが前提条件である。

悩む、留学?就職?――就職4人組の場合
 数字ばかりの文章になってしまいました。少し世間話をしましょう。
 就職した4人にはそれぞれの物語がある。

●音楽関係へ――日本の大手レコード会社が中国に新しくつくった支社での仕事。彼女は音楽が大好きで、「この仕事は日本語があんまり使えないけれど、好きな仕事を見つけて幸せ」と言った。
●日系企業へ――彼女は3,4年生の時、慢性の病気になって、なかなか完治できないまま卒業に突入。就活の時でも体調はそんなによくなかった。そして社会人の彼氏があと数ヶ月で転職して、日本に行く予定。身体を心配して中国に残るか日本に行くか、職が見つかった今でも、彼女は迷っているようだ。
●湖南省のテレビ局へ ――最初は香港の大学に留学希望だった。しかし、書類交換の時、何かの間違いがあって、彼女は香港に行けなくなった。今は湖南省にある全国大人気のテレビ局で楽しくやっているようだ。
●広州の会社へ――就職がほぼ決まった後、日本の広島大学への留学機会が出来た。考えに考えて、就職をあきらめ留学申請に取り組んだ。今年9月に研修生として日本に入り、来年4月入学の予定だったが、希望の学部には秋の院生募集が無いため、入学は1年間遅らせなければならない。彼氏が中国にいて、自分の青春も考えて留学を放棄した。就職シーズンを外れての就活だが、希望通りの広州の会社に就いた。

 留学が決まった人は、あの有名なケンブリッジ大学経済学部。自ら仲介人を捜し、書類や電話面接を受けたあとの私費留学だ。留学申請しながら、彼女は就職の面接も受けていた。

私は...?
 今、私も日本留学を希望していますが、失敗したら、就職するでしょう。日本留学は、まだ私たちにとって難しいもののようだ。そして留学すると決めた時点で、院生推薦の資格を失うことになる。清華大学の学生にとって、選択は難しい。


 今回は日本語科の卒業事情について紹介した。日本人と接する機会の最も多い中国人の一部として、日本語を専門とする中国人たちの行方は、たとえ彼らは将来何をしていても、日本語と、日本と、そして中日関係と切っても切れない、何かの繋がりがあるだろう。
 中国と日本の繋がりは、このような目に見えない細い糸の1本1本が人と人との間で結びつき、少しずつ出来上がったものだと、再認識した。(劉纉=寄稿)

※劉纉さんは湖南省出身。現在、清華大学日本語学科の3年生(21歳)。2004年10月から1年間岩手大学教育学部に交換留学。2005年10月に清華大学日本語学科に戻りました。「日中の相互理解のためになりたい」が希望なだけに、日本語の文章も、お読みになってお分かりのように抜群です。

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タイトル:「UFOの不時着」

※画像はひとコマ漫画の"一部分"です
  タイトルをクリックすると、漫画の全体像を見ることができます


今日のひとコト

UFOの存在を信じない人にUFOをみたなんていってもうけつけないだろう。信じる信じないは別にして、UFOが地球へ飛んできて、どこへ着陸するのだろうか。飛びっぱなしってこともあるまい。UFOが飛んでいるのをみたことがあるというが、UFOが着陸していた、なんていう人はいない。
たんにそういう場にでくわさないだけのことなのか。UFOをみたという人のUFOの大きさは、ゴハン茶碗をふせたような大きさ、もしくはそれより小さかった、なんていう。どーせみるなら、巨大なUFOをみていただきたいものである。
(竜山)

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