彫刻家・本郷新を偲ぶ
本郷新(ほんごうしん)といえば札幌出身で、日本の野外彫刻家の第一人者として知られています。
代表作は、立命館大学国際平和ミュージアムにある 「聞けわだつみの声」 (写真右:札幌彫刻美術館にある複製)です。
札幌大通公園の顔 「泉の像」 (写真左)も彼の作品です。
全国あちこちに本郷新の作品が、公園や公共施設の入口に建てられています。
生誕100年だった去年は、本郷新を偲ぶさまざまな催しが開かれ、テレビの日曜美術館でも特集が組まれて、彼の作品が改めて全国の美術愛好者に紹介されました。
慰霊祭
6月末、本郷新の慰霊祭がありました。
本郷新の息子の本郷淳(故人・俳優)の奥さんで、俳優の柳川慶子さんと、その息子のこれまた俳優で孫にあたる本郷弦さん(仲代達矢主宰の無名塾所属)が東京から駆けつけました。
本郷新の遺骨が分骨されている石狩浜に立てた代表作のひとつ 「無辜の民(むこのたみ)」 に花束が捧げられました。
札幌近郊の石狩浜は、日本で初めて総天然色映画(カラー映画)を撮影した高峰秀子・佐田啓司主演の「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となったところです。
雪は下から降ってくる
実は本郷新が亡くなったのは6月ではなく、2月13日です。
従って慰霊祭は毎年命日にあたる2月13日に行われていました。
ところが石狩浜の2月というのは地吹雪で、冬は人を寄せ付けないところです。
命日の前日、石狩市の教育委員会の人たちが苦労して道をつけるのですが、翌日の式の時には道が跡形もないという状態でした。
当時を振り返って慶子さんは、「雪というのは空から降ってくるものと思っていましたが、石狩浜にきて雪は下から降るということを初めて知りました」と思い出を振り返っていました。
また、慰霊に参加する人も次第に高齢化したこともあって、数年前から寒さの厳しい2月の命日のときの慰霊祭をやめ、代わって本郷新の作品が収められている札幌彫刻美術館の開館記念日である6月末に「石狩の像を訪ねる旅」として行われることになりました。
咲き乱れるハマナス
仕事で忙しく全国を駆け回っている柳川慶子さんは、4年ぶりに慰霊祭に参加しました。
晴れ上がった空を見て慶子さん、挨拶の中で曰く「これまで出席した中でこんな天気が良かったのは初めてです。東京を出るとき雨の予報でしたので傘をもってきましたが、雨傘が日傘になりました」
石狩浜には真っ赤なハマナスが風に吹かれて咲き誇っていました。
本郷新の彫刻「無辜の民」は夏の海水浴の時期しか人の姿を見ることがない石狩浜の小高い砂丘にひっそりと横たわっています。
本郷新の彫刻が、なぜ人を寄せ付けない石狩浜にあるのでしょう。
無辜の民
無辜の民は自然の猛威や人間社会の矛盾によって縛り付けられた「罪なき人々」を意味します。
本郷新が中近東を旅行して目のあたりにした多くの罪なき生活者の犠牲と、辛苦を重ねた北海道開拓者たちの魂をオーバーラップさせ、布で全身を巻きつけてもだえ苦しむ姿で表現したものと言われています。
本郷新は開拓時代を思わせる荒涼とした石狩浜こそ、この作品にふさわしいとこの地の建立を強く望み寄贈しました。
そして1周忌のとき、本郷新の遺骨は分骨され、無辜の民の台座に本郷新が眠っています。
台座は北海道開拓の入り口でもある石狩川を上る船を模して作られています。
珍しい彫刻
本郷新の足跡をしのぼうと、参加者は彼のアトリエで今は美術館になっている札幌彫刻美術館で彼の作品を鑑賞しました。
ここの学芸員は優秀な女性で、一人で2000点の作品を数ヶ月ごとに入れ替えて展示しています。
私は年数回この美術館に訪れて相当数の彫刻を見ていますが、この日あっと驚く作品を見ることができました。
この写真をご覧ください。
彫刻の題名は 「打つ」 です。題材は手です。
指の先を良くご覧ください。碁石をつかんでいます。
この作品は1976年の作品で、本郷新がこの年天元位を獲得した棋士にトロフィーがわりの記念品として贈呈したものだそうです。
この作品は誰にわたったのかな、さっそく調べてみました。
1976年のタイトルホルダーは、藤沢秀行9段でした。
今からちょうど30年前、この年はビッグタイトル・天元戦がスタートした年でもあります。
初代天元ということでこの珍しい彫刻が贈られたのでしょうが、迫力あるトロフィーというか、記念品をもらって、初物食いの豪傑、藤沢9段もさぞびっくりしたことでしょう。
彼に彫刻の関心があったかどうかわかりませんが、この記念品は、いまどうなっているのでしょうか。
おそらく日本でもこの種の彫刻、記念品は他にはないでしょう。
制作者は本郷新、相当値打ちのある希少美術品といえそうです。
居間に飾ってあるのか、倉庫にしまいこんで埃にまみれているのか、それとも捨ててしまったか、人にあげたか・・・。
熱烈な囲碁ファンとしては、ぜひ知りたいところです。 (望田 武司=寄稿)
望田 武司(もちだ・たけし)1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。
|