メディア・レボリューション

マスコミ各紙各局のOBや、現役の解説者などからなるニュースブログです。TVや新聞には出てこない「新しい」情報を発信します。

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イメージ 1 岸井成格・毎日新聞特別編集委員、「塩じい」さんこと塩川正十郎・元財務大臣、前の衆議院議長の綿貫民輔・国民新党代表による鼎談の第4回は12日午後、東京虎ノ門のChannel Jスタジオで行った。
 今回は、安倍首相の日中、日韓首脳会談、その最中の北朝鮮の核実験というビッグニュース直後の鼎談となった。いずれも、日本の政治の大転換をも迫る大テーマだったが、安倍首相と親しい塩川氏は内閣の好調な滑り出しにエールを贈った。一方、野党の綿貫氏は安倍政権については今後を見守る、と評価を留保しながらも、両首脳会談を評価した。2人は、この中で、かなり踏み込んだ指摘をするなど長老ならではの大所高所からの見方が披瀝された。       (動画で見たい方はこちらをクリック

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補佐官制度うまくいくのか、お手並み拝見―綿貫氏                                           一番の宿題は内閣の結束―塩川氏
岸井: 安倍内閣が発足しました。人事面、補佐官制度など、特色が出ているが、どういう期待や懸念をもっているか。
綿貫: 陣立てを新たにして新しい方向付けを狙ってやられたことだが、特に補佐官制度がうまくいくのかどうか。
 スタッフとラインの考え方からすると、スタッフは直接(首相を)補佐するわけで、なるべくいい意見を作って(首相に)進言するという方向ならばうまくいくと思うが。
 まずはお手並み拝見といきたい。
塩川: G8のメンバーを見ても、今や1950年代生まれだ。やっと日本も世界の政治家並みになってきたという感じがする。
 (安倍内閣について)一番の宿題は内閣の結束。ベテランが多い一方で経験が浅い人もいる。全体をどうまとめるか。
 また、党が強くなっている。党と内閣の間をどう調整するか。内閣に補佐官・参事官ができたが、彼らは知識はあるが政治を知らず官僚的。党は政治的な行動をする。調整は、官房長官と幹事長の、「あうんの呼吸」が必要。
岸井: 安倍内閣の一番の課題に来年の参議院選挙がある。今回の陣容を見ていると、参議院選挙そしてその前哨戦の国会対策に相当、目配りをした布陣だという感じもします。
塩川: そうです。国会対策には重点をおいてます。前は弱かった。だから主要な、行革の法案が次々に先送りになってしまった。それが、行革の成果が出ていないとの批判の原因になった。
 国会対策と議院運営に力を入れたので、相当スムーズにいくのではないか。
教育、要は魂を入れること―綿貫氏
イメージ 3岸井: 安倍さんには何を優先課題として取り組んでもらいたいですか。
綿貫: 小泉さんも最初、「米百俵」でスタートしたが、最後まで(教育には)見向きもしない。教育基本法だって、公明党との言葉あわせで、魂の抜けたようなものを提案したが、積み残したままだ。
 これに対して、安倍さんは真剣に取り組もうとしているが、我々も心配している。犯罪の温床になるような教育では大変なことになる。期待と共に見守っていきたい。要は、魂を入れること。
 官邸の中にもシステムを作ったようだが、これが行政とうまく融合して機能してくれるといいが。

世直しの動き根付かせよ、形あるものとして采配ふるえ―塩川氏                                         国民の声に乗って魂込めた憲法改正を―綿貫氏
イメージ 4塩川: 21世紀になって小泉内閣は時代の移り変わりを打ち出した。自己責任の明確化など、戦後ボケをしっかりなおそうということだ。(安倍首相には)この世直しの方向をしっかり根付かせてほしい。教育、憲法見直し、経済のあり方、そして外交でも、政治家が行う、というように時代を変える。
 これを安倍さんは「美しい国」と言ったが、形あるものとして采配をふるってほしい。
岸井: 憲法改正を掲げる内閣は戦後で初めてかもしれない。
塩川: 変わったんです。小泉の時から確かに変わった。
綿貫: 国民の間でも憲法改正の声が大きくなってきた。(日本国憲法は)進駐軍が作ったものだとみんな知っている。波に乗って、魂を入れたものにしてほしい。
岸井: 安倍内閣、スタートは上々との印象があるが、これからが正念場。綿貫さんのいうように、お手並み拝見といきたい。

                                  <第4回岸井成格の政界のご意見番に聞く 了 >

夕張倒産(下)


メロン2個80万円
イメージ 4 一度は死んだ夕張はメロンと観光と映画で再生を図りました。
 メロンの果肉は青いというイメージを赤、スモークサーモン色にかえました。
 夕張メロン の今年の初値は2個で80万円の超高値でした。
 競り落とした業者は「安く買えた」と言い放ちました。
 これでテレビ、新聞で無料で全国に報じてくれるのだから全然高くないということでした。
 夕張メロンは高級メロンとしてのブランドがすっかり定着するほどになりました。
 しかし、観光は思うように行きませんでした。
 ハコ物はどんどん作るけど、所詮、武士の商法でした。
 単年度赤字は翌年度予算の前倒しや、金融機関からの一時借り入れなどで補う「不適切財政運営」で自転車操業していきました。
 行きつくところはわかっていてもそのうち国や道がなんとかしてくれるという甘えがあったのかもしれません。
 役人は自分の家計簿には収支の帳尻をつけても、役所の家計簿には帳尻という感覚はなかったということでしょうか。
 市役所の前をバスが通りました。地元のガイドが言いました。
 「いまでは昼の休憩時間は電気を消し、夜の残業でも暖房は入れていないそうです」
夕張に情熱注いだ大女優
イメージ 1 石炭の歴史村の施設の一つに 希望の杜 があります。
 ここに映画 北の零年 のロケセットが保存されています。
 この映画は幕藩体制の崩壊の中で起きた事件の咎めを受けて、明治新政府から北海道移住を命じられた四国徳島藩の稲田家の人たちの物語です。
 歴史の波に翻弄されながら厳しい北の大地で懸命に行きぬく人々を描いた感動のドラマは、日本アカデミー賞の受賞作品となりました。
 主演女優は 吉永小百合 さん、最優秀主演女優賞を受賞しました。
 夕張で半年間ロケが行われました。
イメージ 2 これまでに100本以上映画に出演している吉永さんにとって、ロケセットが残されたものはありませんでした。
 それだけに夕張への思い入れは相当のようで、毎年、夕張を訪れては希望の杜にサクラを植樹し、一帯を桜の名所にしたいと張り切っていました。(写真左:吉永さんが植樹したエゾヤマザクラ)
 その夕張が倒産したという報道は吉永さんにとってまさに驚天動地だったことでしょう。
 そして石炭の歴史村の存廃が叫ばれるに及んで、吉永さんは高橋はるみ知事に手紙を出しました。
 公表された手紙は「なんとか希望の杜を残してください」というありきたりの文言かと思ったらそうではありませんでした。
 「希望の杜を残すために私にできることがありましたら、どうぞ教えてください」
                       と書かれていました。
 この言い回しを見て小百合ちゃんもなかなかやるなあと思いました。
 40数年前の早稲田のキャンパスで後姿を偶然見かけたことを思い出します。
 失礼ながら、なんという大根足だろうと思いました。
 この文言で吉永小百合はその辺の表紙女優とは違う大女優であることを改めて思いました。
 夕張市の再建は実質当事者能力を失った夕張市でなく、北海道にあります。
 政策よりむしろ財政再建を道政の柱にして、地方競馬の廃止まで検討している通産官僚出身のはるみ知事、はたしてどういう手を打つでしょうか。
夕張応援ツアー
 今回の旅は個人的な関心から出かけました。
 ちょうど旅行会社が企画した「まるごと夕張GOGO!お楽しみツアー」にのりました。
 観光ツアーでもないのに客は満員でした。おまけにマスコミまで乗り合わせました。
 このツアーは2ヶ月間で6回やるそうですが、驚くことにすでに予約でほぼ満員だそうです。
 夕張倒産をきっかけに企画したこの地味ツアーは当たったと旅行会社はにんまりです。
 参加した人の中には、かつて夕張に住んでいた人や、炭鉱にかかわりのあった二代目など、石炭とはなんらかの縁のある関係者が多く見られました。
 中には家に帰ったら(炭鉱で働いていた)父ちゃんにお線香をあげたいという人もいました。

イメージ 3 一度死んだ夕張はメロンと観光で再生しました。いや結果的には再生したかに思われていました。
 北海道の経済を支え、そして沈んだ夕張の明るい再生に道民は目を見張っていました。
 しかし現実は厳しいものでした。
 放漫財政の自治体なんてとんでもない、責任者は何してたんだ。という声はきかれます。
 しかし、夕張をつぶしてしまえ。という声はほとんど聞かれません。
 むしろ がんばれ夕張 です。
 あるときは北海道の顔に、あるときは北海道の影をひきずって生きてきた夕張だからでしょうか。
 夕張で案内をしてくれた方は観光ボランティアの会長さんでした。(写真:マイクを持っている男性)
 実はこの会長さんが吉永さんに夕張の窮状を伝えたご本人でした。
 まさか吉永さんが知事に手紙を出すとは思わなかったそうです。
 夕張一筋、炭鉱マンの髪の毛をチョキチョキ切って75歳の仕掛け人、熱い涙が出たそうです。
 ツアーの車内で夕張再生を願う署名活動の紙が配られたのには驚きでした。
 実にいろいろなことを考えさせられ、教えてくれた雨の中の旅でした。(望田 武司=寄稿)


望田 武司(もちだ・たけし)1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。

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タイトル:「大きなお世話『アメリカ人のくせに日本国産の牛肉を選んだわよ』」

※画像はひとコマ漫画の"一部分"です
  タイトルをクリックすると、漫画の全体像を見ることができます


今日のひとコト

 私の子供の頃(昭和20年代後半)は外国といえば、アメリカであり、外国人といえばアメリカ人であった。地球上に他の国があるという意識がなかったように思える。田舎の子供だったせいだろうか。絵を志す若者たちは、やっぱりパリだっただろう。私はアメリカ以外に頭になかった。牛肉といえばアメリカだったろうか。
 もっとも私が初めて牛肉を食べたのは、10代後半だったから、牛肉の味なるものは子供の頃はまったく知らなかった。肉といえば、家で飼っていたニワトリぐらいのものであった。漁村だったことから、魚ばかり食べていた。だから肉を食べたいなど、一度も考えたことも思ったこともなかった。肉のおいしさを知ったのは、なんといってもスキヤキであった。それも上京してからであるから20代に入ってからだ。スキヤキが御馳走であり、漫画家仲間とあうと必ずスキヤキにビールだった。その時、アメリカ牛肉だったとか国産牛肉なんていった記憶はまったくない。こだわることすら考えられないことであった。(竜山)

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