対照的な議会風景本日(7月18日)のニューヨークタイムズの表紙には、キャピタルヒル(米国議会)で徹夜でイラク問題が討論されたことを象徴するかのように、議会の一室にいくつもの簡易ベットが並べられている写真が掲載されている。 一方、同日の同紙のコラムで、トーマス・フリードマン氏は、ホワイトハウスのスノー報道官の発表によるイラク議会が、8月に休暇を取ることを皮肉ぽっく伝えている。米軍が灼熱のイラクの砂漠の中で、防弾チョッキを身に着け命がけで任務を遂行しているのに、クーラーの効いたイラク議会で討論するイラクの議員は、イラク戦争&イラクの将来を真剣に考えているのかと憤りを綴っている。 4年4ヶ月前にアメリカは、バグダッドに先制攻撃を仕掛け、数ヵ月後には、ブッシュ大統領は、早とちりをして空母リンカーンの艦上で勝利宣言をしてしまった。その後、潮の流れが逆行し、米兵の犠牲者は3500人。イラク人は、その20倍の約6-7万人の犠牲者が出たと推測されている。 戦争の比較その第一の理由は、イラク戦争は、規模の上で深刻なのかということである。アメリカの日々のイラク戦争に関するニュースに接していると、今にもイラクが崩壊するような錯覚に陥ってしまう。ぼくは、イラン・イラク戦争の最中の80年代初頭のイラクで、鋳鉄管の輸出の仕事に関わり、当時のイラクを観た。約8年間継続したイラン・イラク戦争の双方の犠牲者は100万人なのである。 イラクのフセイン大統領とイランのホメイニ師の野心が、このような悲惨なアラブとペルシャの民族浄化を導き出したのである。当時、アメリカを始め大多数の西側諸国はイラクを間接的に支援したのだが、今回のイラク戦争は、立場が違う。戦争の規模だけを考慮すれば、現在のイラク戦争の犠牲者は、イラン・イラク戦争の約20分の1である。 戦争慣れをしたイラク第二は、冒頭で述べたように、イラクでは毎日のように大規模な自爆テロが発生しているにも拘らず、イラク議会が夏休みに入るのである。常識的に考えれば、国家が危機的状況に瀕している時、休みなど存在するはずがない。これをどのように捉えればいいのであろうか。イラクは、サダムフセインの下で、イラン・イラク戦争、クウェート侵攻に伴う湾岸戦争、イラク戦争と、戦争ばかりしてきたので戦争慣れしてしまったのであろうか。 このようにイラクの現実を考えると、戦争の責任があるアメリカがいくら徹夜で討論をしても、イラク戦争の埒は開かないように思う。リンカーン大統領の有名な演説が伝えるように、「人民の人民による人民のための政治」が不可欠である。換言すれば、「イラク人のイラク人によるイラク人のための政治」が必要なのである。クーラーの効いたイラク議会の中で、議論を行い、イラクの議員が夏休みを取っているようでは、この戦争の出口は一向に見えないように思われる。もっと皮肉な見方をすれば、キャピタルヒルで上院議員が徹夜で議論し、簡易ベットを使用する写真を見て、大統領選挙のための政治的な意図が働いているように思われてならない。 イラク国民による平和への設計図を米国民の半数以上が、米兵の撤退を望んでいる。しかし、それが敏速に遂行されないのは、米軍が撤退すればイラクで100万人規模の民族浄化が発生するという懸念からである。80年代のイラン・イラク戦争の現実に直視すれば、米軍が撤退してもしなかったとしても、イランが関与すれば民族浄化は始まる可能性は高い。それを回避する唯一の方法は、イラク国民が真剣に平和の設計図を描くことであろう。また、そのための環境を提供することがアメリカや国際社会の役割だと考えられる。 本日、下院の外交委員会の分科会の公聴会に傍聴した。イラクの石油歳入の分配について、世界第3位の石油資源を誇るイラクが、UAE(アラブ首長国連邦)などの成功例を真似れば発展の機会が訪れるとの楽観論を聴き、本当に豊かなはずのイラクが苦境のどん底にあるのが不思議に思われた。石油の価格が上昇している今こそ、イラク国民にとって平和構築のチャンスであると考察する。(中野 有)
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2007年07月20日
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