メディア・レボリューション

マスコミ各紙各局のOBや、現役の解説者などからなるニュースブログです。TVや新聞には出てこない「新しい」情報を発信します。

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晩秋の然別湖

 北海道は紅葉真っ盛りです。
 とはいっても九州と四国を足してもなお広い北海道です。
 すでに紅葉が終わった所もあれば、これからの所もあります。
 大雪山国立公園の東大雪にひっそりたたずむ然別湖(しかりべつこ)に、紅葉終わりかけを承知で出かけてきました。

高速道路開通
イメージ 1 然別湖は十勝地方にあります。
 ということは札幌からは日高山脈を越えていくことになります。
 日高山脈は北海道を東西に分断する大山脈で、この山脈で道央と道東の気候も産業もがらりと変わります。
 明治以来の北海道の開拓は、日高山脈を境に別々に進められ、それを繋ごうとする歴史でもありました。
 東西の往来は明治40年、難工事を克服するため人柱まで埋めて作ったと言われる狩勝(かりかち)トンネルによって実現しました。


 先頭としんがりに機関車2両をつけて、SLは狩勝峠をあえぎあえぎ上った。トンネルを抜けると、石炭を釜に入れていた機関士の顔は真っ黒だった。

 狩勝峠を走ったSLは、オールド鉄道ファンにとって忘れがたい思い出だとおもいます。(写真:すでに廃抗となった狩勝トンネル入り口、06年10月)

イメージ 2 大動脈だった狩勝峠に代わって昭和40年に日勝(にっしょう)峠が完成し、初めて車で東西を行き来できるようになりました。
 しかし日勝峠は海抜1024m、冬期は圧雪アイスバーンとなって危険で、世界的にもトップクラスの厳しい峠と言われてきました。
 その後、高速道路で東西を繋ぐ北海道横断高速道路(道東自動車道)の建設が進められ、一部ですでに部分的に開通しています。

 この道東自動車道の建設で、数年前、自民党議員が
 「(人口希薄で)車がクマと衝突するような所に、なぜ高速道路が必要なのか」と国会で噛み付きました。
 すると当時、自民党議員だった地元の鈴木宗男議員が「衝突したのを見たことがあるのか」とクマのように怒って恫喝し、同僚議員を謝らせたという曰く因縁の高速道路でもあります。

 そしてついに今月22日、日勝峠に変わる道路として 十勝清水とトマム間 に高速道路が完成し、開通式が行われました。
 私はこの開通式のニュースをテレビで見てびっくりしました。
 開通式には北海道知事だけでなく、隣に中川昭一自民党前政調会長、帯広市や遠く釧路市など道東の主要首長、民主党の代表まで出席してテープカットしているではありませんか。
 もちろん知事の反対側の隣には、宗男議員も胸を張っていました。
 わずか20キロちょっとの開通です。まだ札幌までつながったわけではありません。
 それなのにこの出席者の顔ぶれを見て、道東の人たちがどれだけ待ち望んでいた道路であるかを、改めて思い知らされました。
 いずれは札幌までつながる道路で、日高山脈を克服する新たな大動脈が保証された瞬間でもあったわけです。

たたずむ然別湖
イメージ 3 前書きが長くなりましたが、私たちの自然観察団はたまたま開通式の翌日、この高速道路を通りました。
 中には紅葉より、この高速道路を通りたかったという道東出身の女性がいたのには驚かされました。
 いろいろな思い入れがあるのでしょう。

 樹海ロードと言われる黄葉真っ盛りの道路を快適に走ること4時間、然別湖につきました。
 4時間でも予定より1時間ほど早く、部分的とはいえ開通した高速道路の威力は抜群です。
 然別湖は静かにたたずんでいました。
 海抜810mの高いところにあるだけに、紅葉もほぼ終わりです。
 10日前に訪れたらすばらしかったにちがいありません。

 然別湖は大雪山系の中では唯一の自然湖です。
 数万年前の火山の爆発によって陸封されたサケが進化し、オショロコマとなって生育しているところで知られています。
 また湖の周囲は原生林で、生きた化石と言われるナキウサギの生息地でもあります。

イメージ 4

 私たちは昼食にオショロコマを食べた後、思い思いに湖畔を散策しました。
 中にはナキウサギを見に森に入り、姿は見えなかったものの鳴き声を聞いてきたグループもいました。
 黄色に黄葉していたはずの湖畔のダケカンバは、すっかり色褪せています。
 けど落葉寸前のダケカンバの林群もそれなりに趣があります。
 しばらくすると雨が降ってきました。
 音を立てて降ってきたなと思ったら、雨はアラレに変わりました。
 急いで引き返しました。

イメージ 5 湖畔に足湯がありました。
 温泉の湯煙が立ち上っていましたが、寒くて靴を脱いで足を温泉につけようとする人は誰もいませんでした。

  葛しげる 霧のしずくぞ 然別(しかりべつ)

 当地を初めて訪れた 水原秋桜子 の感動が伝わる歌碑が、足湯の奥に立っていました。


厳冬の世界と温泉
 然別湖はまもなく氷点下の世界に入ります。
 1月から2月になると常時氷点下20度まで下がり、周囲13.8キロの広い湖は結氷して70cmの厚い氷で覆われます。
 その頃、湖面には直径7mもある円形の浴槽が作られ、湖畔からポンプで温泉が注ぎ込まれて氷上の露天風呂が誕生します。
 星がきらめく満天の下で入る氷点下の温泉は大変オツなもので、10年ほど前、当時、東京に住んでいた私は、この露天風呂に入りに当地を訪れました。

 混浴ですので若い女性でも入ってこないかなあと待つこと数十分、あきらめてゆでだこになった私は浴槽を降りるとき、薄暗い氷でできた階段を踏み外してすってんころりん、眼鏡がすっ飛び臀部をしこたま打ちつけてしまいました。
 帰京後しばらく整形外科に通う羽目となりました。
 また、ゆでだこは急速に熱を奪われて震えが収まらず、衣類は表裏前後確認することなく身に着けたものの、靴下をきちんとはくことができませんでした。

 足に引っ掛ける形で長靴に足を入れて湖畔の宿に戻りました。
 懐かしくもある然別湖は、何事もなかったように静かに冬を待っていました。
 またこの冬も氷上露天風呂が登場することでしょう。

イメージ 6

 湖正面の山は、形が上唇です。
 天気がよければ湖面に山が映って下唇ができます。
 俗に「唇山」と呼ばれている写真の山と湖は、太古から変わらぬ姿なのかなと思いました。(寄稿=望田 武司)



望田 武司(もちだ・たけし)1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。
 福田康夫・新政権の発足後も政治と行政の不祥事が白日の下にさらされる事件が続発している。守屋武昌・前防衛事務次官の軍需業者との不適切な付き合いと収賄の疑い、厚生労働省の薬害肝炎問題についての資料隠しなどである。政治家をめぐる政治資金の不正処理の発覚も跡を絶たない。福田首相は「政治の信頼回復」を政権の最優先課題に掲げた。しかし、現状では政治・行政への不信が募るばかりである。どうして、このようなことになるのだろうか。
 答えは明白である。事実上、半世紀以上続いた「自民党の長期支配」の下で、政治、行政とも正常に機能しなくなってしまったのである。能力が著しく低下しているだけでなく、政治家、行政幹部の規範意識すら大幅に失われた。

 小泉純一郎・元首相は「自民党をぶっ壊す」と叫んで、自民党総裁になった。しかし、壊したのは旧・田中派(現・津島派)だけであって、政治を劇場化するという奇手によって、自民党の命をむしろ永らえさせた。安倍晋三・前首相は政界リ−ダーとしての訓練がほとんどできていなかったのにもかかわらず、選挙に勝つための自民党の顔として、同党員と一部の財界リーダーによって、最高権力者に祭り上げられた。その結果が、日本の政治を破綻寸前にまで追いやったことは、だれの目にも明らかである。
 バランス感覚豊かな福田氏が政権を獲得したことによって、自民党内と財界はホッと一息ついている。だが、福田政権は破綻しかけた政治と行政を正常化できないだろう。徳川幕府末期と同じように、政治・行政システムが完全といっていいほどの制度疲労をきたしているからである。
 古今東西、すべての組織において、極度の制度疲労を起こした場合に、機能を回復させ、正常化するのは、ほとんど不可能である。組織の一部を修復するより、一度、組織を壊して再建する方が機能の正常化作業は容易である。日本の歴史に「社会システムの破壊→再建」の例はいくつかあるが、その典型は、やはり「幕末→明治維新」の過程である。

 今日の政界における大きな問題は人材の欠如である。幕末には、薩摩、長州、土佐をはじめとする全国各藩、そして幕府にも多彩の人材がいた。彼らが激しく戦い、多くの血を流しながらも、日本が欧米帝国主義勢力の植民地にならないように腐心しつつ、国家の近代化を成し遂げた。
 今日の政界を幕末になぞらえれば、小沢一郎氏は西郷隆盛の役割を担っているのだろうが、木戸孝允、大久保利通、坂本竜馬らに当たる人々は誰なのか。たぶん、そのような政治家は存在しないのではないだろうか。それにも増して、幕末や今日のような、政治の歴史的転換期に必要なのは、幕臣でありながら幕府に引導を渡した勝海舟のような人物である。小泉氏が「自民党をぶっ壊す」と叫んだ時、もしかしたら、勝海舟になる覚悟があるかと期待したが、まったく逆で、劇場政治という、従来より一段とレベルの低い覇道に道を開いてしまった。福田首相が歴史認識を持っているなら、今からでもいい、勝海舟の役割を担うことを頭の隅に置いてほしい。自民、民主両党など、各政党のリーダーと中堅政治家は、政治の大転換期に自らがどのような役割を果たしたらいいか、真剣に考えなくてはならない。人材が欠如したままでは、歴史的転換期は乗り切れないのである。

 中曽根康弘・元首相が唱えている自民・民主の大連立論や、「テロ特措法のような外交にかかわる問題は政争の具とすべきでない」という意見は、それなりに一理があるだろう。しかし、それら意見の目的が自民党を少しでも長く維持しようとするものだったら、大局を誤っている。採るべき提案ではない。

 「民主党も人材不足で、政策も自民党と代わり映えしない。歴史的転換期を担えると思えない」という意見がある。尤もな見方である。だが、来るべき総選挙で民主党など野党勢力が勝利して、政権交代への道を歩まなくては、日本の政治と行政をもう一度、正常に戻すのは不可能である。政治と行政の現状はそこまで来ているのだ。
 民主党を中心とした政権が実現した後、どのくらいの期間続くかは、民主党などの努力次第である。非自民党政権が2〜3年続いた後、本格的な政界再編成が起きることは蓋然性があるし、望ましいことであると考える。(早房長治)          

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タイトル:「もったいない風景『焚き火は禁止されているからできないだけで、あとは全部昔のまま・・・だ』」

※画像はひとコマ漫画の"一部分"です
  タイトルをクリックすると、漫画の全体像を見ることができます


今日のひとコト

 垣根の垣根のまがりかど・・・と歌いだす。口ずさんだだけで涙がでてくる。あまりのなつかしさだ。
 焚き火ができなくなった。落ち葉という存在が、焚き火ができた時代はイキイキしていた。ヤキイモ、イガグリなどやいて食べた。垣根のまがりかどというのも、今の垣根はインチキだ。(竜山)

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