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四月一日にはまだ早いが、悪い冗談だと思っていたら、そうではなく農水省は本気になって海外の日本料理店の格付け認証をおやりになるらしい。 いわく、「海外では、日本食レストランと称しつつも、食材や調理方法など本来の日本食とかけ離れた食事を提供しているレストランも数多く見られ」るから、「海外日本食レストランへの信頼度を高め、農林水産物の輸出促進を図るとともに、日本の正しい食文化の普及や我が国食品産業の海外進出を後押しすること等を目的として、海外における日本食レストランの認証制度を創設するための有識者会議を設置」するのだそうだ。朝日新聞によればこのための予算はなんと2億7千万円という。 こういう馬鹿げた制度が、優秀な官僚、我らの選んだ代議士、さらには「有識者(!)」(これは名簿がネット上には公開されていないから不明だが、どんな方々が会議メンバーになることをお受けになったか、ぜひ知りたいものである)の支持を得て実現されるというのでは、政策プライオリティだ、マニフェストだと真面目に議論しているのが何だかむなしくなるではないか。 昨今でこそなくなったが、ついこのあいだまでトマトケチャップをまぶしたゆで過ぎのスパゲティをナポリタンと称して、ライス付きで定食にしていたわれわれである。小麦粉をたっぷり焦がして、「カレー粉」と野菜を混ぜた代物をご飯の上にかけたものをカレーライスと呼んでいる。それに対して、イタリア政府が、インド政府がもの申すようなもので、滑稽を通り越してグロテスクとしかいいようがない。 民にできること民に行政のスリム化といい、民にできるものは民の手に、という。それがいかに虚しいかけ声であったかいまさらのように感じることになる。この制度がなぜ愚劣であるかの理由は改めて指摘するまでもないと思うが、二点だけ指摘しておこう。一つは、ある文化の支持層が広がる、ということは様々な解釈やバリエーションが出現することと同義である。江戸前の「握り」が「握れない」ウニ・イクラのたぐいを使用することをいまだに潔しとしない人もいる。アボガドなどの食材を使ったカリフォルニア巻は日本食文化の破壊なのか。なかには怪しげなものもあるだろう。日本発着の国際線の「日本食」にしたって。いかがかと思われるものも少なくないくらいである。しかし、それを飲み込まない限り「国際的」にはならない。国際語である英語の幅の広さを一瞥するだけでそれは明らかだろう。それを認めるとか認めないとかいう発想自体がいかにも「お役所的」なのだ。第二に、食べ物の質の良い悪いは、生命健康に関わるものでない限り消費者に、市場に任せておけば良い。レストランの格付けが消費者に望まれているのなら、ミシュランが、ザカートが出現する。政府がすべきことではない。伝統文化の保護に、日本語普及に文化予算を使うのとは意味が違う。2億7千万円あれば何ができるかを列挙するのはやめておこう。日本国内で、さらには海外で、なし得ることなすべきことは無数にあるとだけ指摘しておく。(入山 映) |
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2007年02月20日
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今日のひとコトすごいなァ!!と思う。女性だ。手にしているハンドバッグだ。女性は死んでもハンドバッグを手放さないという。男性にそんなものがありますか?よく考えてみると何も無い。あらためて女性のすごさみたいなものに尊敬してしまう。 そんなハンドバッグを猿にひったくられてしまった。まぁ、そういうこともあるってことさ!!で、ゆるせる場合もある。 ところが、ゆるせないのは、ひったくった猿(メスザルかしら)め。こともあろうに大勢の前で、ハンドバッグの中身をバラバラとばらまいた。女性にとって、このようなクツジョクは無い。猿よりもマッカッカの顔をさせて怒ったとして、女性をせめるわけにはいかないだろう。 2月8日掲載「よそ見はしません」について
遅くなってスミマセン。この前の「散歩『よそみはしません』」では、“ラッパ状の器具はよそ見をさせないために付けているのではありません”というご指摘をいただきまして、「知らないってしようがないもんだなァ、こんなマンガを描いてしまって・・・」と、冷や汗をかきました。本当にありがとうございました。一つ利口になりました。これからもよろしくお願いいたします。(竜山) |
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