21日は春分の日です。
太陽が高くなりました。
気温の上昇が肌で感じられます。
その証拠に雪山の樹木の足元には、輻射熱でできる根開きがこの時期どんどん大きくなっています。
3月の気温変化は、東京や鹿児島よりも札幌の方が大きいそうです。
とはいっても、日中ようやく氷点下を脱し始めたというのが札幌です。
3月はじめ、不覚にも凍結道路でスッテンコロリン、尾てい骨をしこたま打ち付けてしまいました。
二本足で立つ人間は腰がいかに大切か、痛めてはじめてよくわかります。
病院に通って2週間、ようやく仰向けに寝れるようになりました。
歩いても腰に響く痛みも和らぎ始めました。
観光地 北大構内
21日、久しぶりに自然観察に北大構内に出かけました。
甲子園球場の11倍の広さがある北大構内の道路・歩道は除雪されていますが、キャンパスにはまだ雪がたっぷりあります。
積雪は48cm、けどこの時期厳しさや冷たさは感じられません。
北大は エルムの学園、エルムの杜 ともいわれています。
エルムは英語名(Japanese elm)でハルニレを指しています。
樹齢100年を越すハルニレがキャンパスのあちこちにあり、地味ながらどっしりと構えた樹形をみると、まさに北国のお父さんです。
札幌を代表する樹といえば、多くの市民はハルニレを一番に上げることでしょう。
ハルニレは大木ですが、枝の最先端がきわめて細くなるのが特徴です。
首を上に向けて、大木を見上げますと小枝の先端部がやや赤くなっており、花芽が膨らんできているのがわかります。
Boys be ambitious!
春休みでキャンパスは静かかなと思ったら、そうでもありませんでした。
学生が肩を並べて談笑しながら歩いているとおもえば、観光客がのんびり歩いてあちこちカメラを構えています。
白一色でも何となく夢とほのかな色香を感じます。
その一番のカメラポイントがクラーク像です。
観光客が盛んにシャッターを押しています。
「すみませんがシャッターを押してくれませんか」 頼まれて気安く「はいチーズ」です。
札幌農学校の教頭として招かれたクラーク博士が札幌の土地を踏んだのは明治9年(1876年)ですので、ほぼ130年前です。
クラーク博士との契約は1年間でしたが、博士は着任早々「私は1年間で2年分の仕事をする」と張り切ったそうです。
クラーク博士の年俸は7200円、今の貨幣価値で7200万円でした。
ちなみに当時北海道で一番偉かった黒田清隆開拓使長官の年俸は6000円です。
クラーク博士はマサチュセッツ農科大学の学長を一時辞めて日本に来ますが、学長時代の年俸は3500円、どうやら2年分の仕事をすると言ったのは破格な高級で迎えられた待遇を反映しているようです。
クラーク博士は学生と一緒に船で北海道に渡りますが、当時の日本人の無作法と文化水準の低さには顔をしかめたそうです。
学生は甲板の上で消防訓練よろしく放尿する。鼻が出ると拭くという習慣がなく、どてらの袖でぬぐう。
このためどてらの袖はいつもテカテカになっていたと書いています。
そのクラーク博士を驚かせたことがありました。
学生の優秀さです。
学生は授業内容を水が浸透するか如く、どんどん吸収していったと記しています。
授業は日本語ではありません。すべて英語です。
明治の初めに英語を理解する若者がいたんですね。
クラーク博士のキリスト教的博愛精神に基づく教育を受けて、農学校一期生・二期生からは 佐藤昌介(北大初代総長) 内村鑑三(思想家) 新渡戸稲造(教育家・国連事務次長・東京女子大学長) 宮部金吾(初代植物園長・札幌名誉市民第一号) 広井勇(土木建築の草分け・東京帝国大学教授)など歴史に残る人物が育ちました。
国際人のはしり
その一人、新渡戸稲造の銅像に立ち寄りました。
北大を訪れるたびに拝顔しています。
「やあ、新渡戸さん こんにちは」
葉がすっかり落ちて歯抜けになっているポプラ並木をバックに、寒そうな新渡戸稲造がいました。
最近は樋口一葉に5000円札の席を奪われて、影が薄くなっています。
I wish to be a bridge across the Pacific.
われ太平洋の架け橋とならん
台座に刻まれた一節も、心なし線が細い感じでよく読めません。
クラークの理想
北大構内の一番奥まったところにある 第二農場 を訪れました。
クラーク博士が描いた理想の農場モデルバーンです。
米と粗末な惣菜、ダイコンしかなかった日本農業を、麦やキュウリ・豆類からリンゴ・ブドウ、酪農まで大きく広げた近代農業発祥の地で、畜舎(バーン)などの小屋はすべて国の重要文化財となっています。
やわらかな木造家屋が、豊かな緑のなかに点在する第二農場は、夏になると日曜画家が絵筆を振るっているところでも有名です。
その話をしていると雪道のど真ん中に、一人で座椅子に座って
スケッチをしている人に偶然出会いびっくりです。
その畜舎の一角に新渡戸稲造が授業中メモしたノートが残されており、英語でびっしり埋まっていました。
クラーク博士は日本人の背が低いのはコメ偏食にあるとして、学生にカレーライス以外コメを食べることを禁じました。
そのカレーライスには野菜が一杯のっていたそうです。
1万人以上の人が出入りする北大構内には、学生相手の学食から研究者用のちょっとしゃれたレストランまで、いろいろあります。
しゃれたレストランでカレーライスを注文し、クラーク博士を偲びました。
しかしテーブルにでてきた130年後のカレーライスは、野菜のエキスがカレーに含まれているのでしょうか、何ものっていませんでした。
春の匂い
3月に入って三寒四温です。
植物は次第に気温が上昇しているのを敏感に感じ取っています。
キタコブシ (写真右)の冬芽が大きくなり、毛もふさふさしてきました。
バッコヤナギ の芽も春が待ちきれないという感じで、ふっくらとしています。
まだ雪一色の農場の一角では リンゴ の剪定が急ピッチで行われていました。
木に巻きついているビールの原料 ホップ (写真左)を見つけました。
去年咲いた松かさのような花の残さいですが、見事なドライフラワーとなっていました。
東京では早くもサクラの開花宣言が出たようです。
札幌でサクラが咲くにはまだ1ヶ月以上要します。
けど着実に春の足音が聞こえてきます。 (寄稿=望田 武司)
望田 武司(もちだ・たけし)1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。
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