メディア・レボリューション

マスコミ各紙各局のOBや、現役の解説者などからなるニュースブログです。TVや新聞には出てこない「新しい」情報を発信します。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

 中国のインターネットサイトで同国のニュースをみていたら、イメージ 1(ママサン)という言葉が目に飛び込んできた。水商売を営む店の女性責任者のことで、日本ではお馴染みの飲み屋の「ママさん」。調べてみると、このイメージ 2は台湾や香港を経由して大陸に入っていったらしい。

 3月中旬、上海に仕事で行った折、中国の友人にこのイメージ 3の話をしてみた。友人もそのことを知っており、何と、「日本語の『年中無休』まで(中国に)入ってきている」と教えてくれた。

 「中国では今、『日本料理』というようになりましたが、これも日本から来たもので、本来は『日本菜』ですよね。『確認』も改革開放後に日本から入ってきた漢字で、日本人が工場を建設したとき、『確認』という言葉を頻繁に使い、中国に定着したのではないか」

 友人は上海の宝山製鉄所で日本語通訳をしていたこともある。改革解放後に中国に戻っていった和製漢語としてはこのほか、「空港」がある。空港は本来、中国語では「機場」で、「空港」となれば、「空(から)の港」の意味になる。が、最近は日本語の「空港」という意味もでてきた。また、北京で「喫茶店」という看板をみたことがある。

幕末から明治にかけての時代、日本で生まれた多くの和製漢語が大陸に里帰りし、中国の近代化を支えてきた。「社会主義」「共産主義」「唯物論」なども和製漢語で、これが第一次里帰り期とすれば、今は第二次里帰り期。漢字文化では日本も結構、貢献している。(信太 謙三)

イメージ 1

イメージ 2

タイトル:「勝つ条件『もっと腕を伸ばせ』」

※画像はひとコマ漫画の"一部分"です
  タイトルをクリックすると、漫画の全体像を見ることができます


今日のひとコト

 テレビのボクシングの試合は、好きだから欠かさず見ている。お茶の間のテレビだ。はじめは寝そべっているが、そのうちに座り、そして立ち上がって。それが観戦パターンである。試合場へ行ったら、そんなことはできないだろう。
 私がはじめてテレビでボクシングを見たのは、昭和32、3年頃だったか、東京の小さな大食堂だった。白井義夫とたしかエスピノサの試合だった。白井選手がチャンピオンの座を奪われるはめになってしまったのには興奮したりガッカリしたり、当時は街頭テレビに大勢の人が群がって見入ったものだった。まだテレビがめずらしいころのこと。まだ、だーれも生まれていなかった頃のことだ。私も子供にちょっぴり毛が生えた頃であった。昔の夢物語である。(竜山)


全1ページ

[1]


.
blognews2005
blognews2005
非公開 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

過去の記事一覧

1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事