メディア・レボリューション

マスコミ各紙各局のOBや、現役の解説者などからなるニュースブログです。TVや新聞には出てこない「新しい」情報を発信します。

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悠久の花

 5月に入って北海道は野に山に、花が次から次へと咲き始めました。
 花の命は短くてあっという間に散ったと思うと、新しい花が可憐な姿を見せてくれます。
 札幌中心部の大通公園では今日23日からライラック祭りが始まりました。
イメージ 1 祭りにあわせるかのようにライラックがほころび始めています。
 道行く市民や観光客は花に近づき香りをかいでいます。
 花を求めてほぼ毎日のように出歩いていました。
 写真の整理も追いつかず、メールを打つのもご無沙汰するほどのフィールドワークラッシュでした。
 ライラックが咲くと、何となく花も一段落という感じを受けます。
 季節も春から初夏へと変わりました。

北海道によく見られる花
イメージ 2 エンレイソウという野花があります。
 ユリ科の花で、低地や山地の明るい落葉樹林内に咲きます。
 葉が大きな割には花が真ん中にポツンと咲いています。
 華やかさはなく、どちらかというと一見単純で不細工な花です。
 しかし、北海道の野花はエンレイソウなくして語れないほど奥深いことに気付きます。

 一口にエンレイソウといってもいろいろな種類があります。
 花の色が小豆色のエンレイソウ(左写真:野幌・江別)
 白くて横向きに咲くミヤマエンレイソウ(下左:地球岬・室蘭)
 鮮やかな濃紅のコジマエンレイソウ(下中央:有珠・伊達)
 小学一年生の制服の白い大きな襟を思わせるオオバナノエンレイソウ(下右:判官館・新冠)・・・
 7〜8種あるようですが、私が判別できるのはこの4種類だけです。
イメージ 3 イメージ 4 イメージ 5

オール3
 学校の成績表ではありません。
 エンレイソウの一番の特徴は、すべてが3でできているということです。
 上記写真をとくとご覧なってください。
 葉が3枚、花弁が3枚、ガクが3枚、おしべは3の倍数の6本・・・
 なぜすべてが3なのでしょうか、自然界の神秘さを感じます。
 3の数字と縁のあるエンレイソウの属名は「trillium」 tri(トライアングルの3)とllium(ユリ)をあわせています。

縁起の良い花
 エンレイソウは種子が発芽してから花が咲くまで、10年くらいかかるそうです。
 この話を聞くと、踏まないように歩かなければなりません。
 歳をとらないとエンレイソウを見られないということでしょうか、漢字で「延齢草」と書き、縁起の良い花とされています。
 「延命といふ草を植ゑたり。是れを見る人善を招き、悪をさけ、寿命久しく延ぶといふ」(平家物語)

野いちご
イメージ 6 エンレイソウは秋に黒い実をつけます。
 アイヌの子どもたちはエンレイソウの群落の野山を駆け回り、エマウリ(草イチゴ)と呼んで、おやつ代わりにエンレイソウの実を摘んでは食べたそうです。
 私も去年食べてみました。甘くておいしい。
 ただ食べ過ぎると下痢を起こすそうです。
 牛は好んで食べますが、馬は見向きもしないというのも面白いです。
 写真:有珠善光寺裏の群落

 エンレイソウは北海道ではもっともポピュラーな野花のひとつですが、本州ではなじみの薄い花のようです。
 エンレイソウと聞いてピンと来る人は、道産子か北海道に旅行したことのある人でしょうか。
 またエンレイソウはアジア・アメリカには分布していますが、どういうわけかヨーロッパには生育していないそうです。
 ヨーロッパの研究者はすべてが3の不思議なtrilliumをみて不思議がり、ぜひヨーロッパで育てたいと持ち帰るそうです。

種間雑種
イメージ 7 エンレイソウの種類の中でコジマエンレイソウがあります。
 その花の色形は松本清張の唇を思い出させます。
 渡島半島の松前沖の日本海に浮かんでいる松前小島で発見されたことからこの名がつきました。
 エンレイソウ(染色体数20)とオオバナノエンレイソウ(染色体10)の雑種で、染色体15のため子孫を残すことができません。
 それがあるとき突然変異で染色体が倍増して偶数になり、コジマエンレイソウは以降、函館・有珠(伊達)・張碓(小樽)・星置(札幌)・地球岬(室蘭)と次々に見つかったそうです。
 フィールドワークでエンレイソウの研究で知られる老学者の話を聞くと、たった一つの花からでも自然界の悠久さと神秘さが垣間見られます。
 またその淡々とした話ぶりから、逆に生涯エンレイソウの研究に打ち込んだ学者の執念に、思わず後ずさりをするおもいです。

北大のシンボル
イメージ 8 北大構内を歩きますとハルニレの大木があちこちにあって、観光客がエルム(ハルニレのこと)の園の散策を楽しんでいます。
 また「エンレイソウ」という瀟洒なレストランもあります。
 テーブルの客からは英語が飛び交い、雑然とした学生食堂とはちょっと趣きが違います。
 海外から来た研究者と大学教授が昼食やティーを楽しむ空間でしょうか。
 また、オオバナノエンレイソウは北大の記章にデザインされているほか、北大の寮歌「都ぞ弥生」にもエンレイソウが格調高く謳いこまれています。

   ♪ 牧場の若草陽炎燃えて、森には桂の新緑萌し、
                             雲ゆく雲雀に延齢草の、真白の花影さゆらぎて立つ ♪

 クラーク博士、ハルニレだけでなく、エンレイソウも北大の代名詞といえましょう。
 北大構内には各種のエンレイソウが散見されますが、一昔前には群落が構内あちこちにあったことでしょう。
 寒冷地の大地に根付いたエンレイソウの強い生き様に、パイオニアと進取の精神をオーバーラップさせたのでしょうか。

悠久の時を生きる花
イメージ 9 北海道北部に名寄市という小都市があります。気候の厳しい地域でもあります。
 名寄市の「市花」、市の花がオオバナノエンレイソウです。
 市民公募によって選ばれました。
 数ある花の中から選ばれた理由は
 ・自生種であること
 ・カナダの姉妹都市のある州の花であること
 ・開拓の先駆的役割を果した北大の校章であることなどによるそうです

 この地に開拓の鍬を下ろした人々は、肥沃な原野に自生するオオバナノエンレイソウが芽を出し、花が咲くまでの長いライフサイクルに「悠久の時を生きる花」を見、ひたすらに忍従したのかも知れない。
 オオバナノエンレイソウを「市花」と定めた名寄市民の原風景を見た思いがする。

 道北地方で高校教師をしながらアイヌ研究に取り組んできた婦人は、その著「アイヌ植物誌」にこう書いています。
 エンレイソウはさまざまに表現されています。

 森の中で凛として咲くエンレイソウを見て「森の貴婦人の甘い誘惑」と称した人がいました。
 また花言葉は「奥ゆかしい美しさ」「落ち着いた美しさ」です。
 花の構成が単純であるがゆえに、逆にさまざまな気持ちを抱かせる花、それがエンレイソウの花という気がします。
 毎春、森で出会うと「これが北海道だ」と思わせるのがエンレイソウです。(寄稿=望田 武司)


望田 武司(もちだ・たけし)1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。
 五月に発刊された学士会会報864号に教育評論家の中井浩一氏が“「いじめ自殺」の連鎖と「未履修」問題から見えたこと”というタイトルで、それら問題の本質とそれを見誤らせるマスコミの報道姿勢に関して興味深い論考を執筆されている。特に「未履修」問題をめぐっては筆者自身「目から鱗」のような内容もあっただけに、これをご紹介して、若干の印象を付記したいと思う。

マスコミは「未履修」問題をどう報じたか
 「未履修」問題とは、大学の入試科目になっていない高校の必修科目を、学校で教えていない、あるいは教えないまま卒業させる、という事態を問題にするもので、履修漏れの高校は全国で663校(全体の11.3%)に及んだ。氏によれば、この問題をめぐっての「マスコミのはしゃぎ方」は異様であるのみならず、論点が誤っているという。すなわち「未履修問題を『悪』として報じ」る。なぜなら「それが学習指導要領に『違反』するからだ」と。さらには、「違反した理由が」「受験指導のためだ」から「けしからん」「進学校は、進学実績を上げるために奔走し、教員と生徒が一丸となって受験対策に邁進している。そのために健全な教育がゆがめられている」とする。

 前段の論理は、ゆくりなくもマスコミの事大主義、お上べったり主義を表している。これは未履修問題に限ったことではなく、例えばこれまでの公益法人不祥事報道についても全く同じ論調だった。つまり、ある公益法人がけしからんのは、その法人のやったこと、していることの内容の是非ではなく、ただ単にお上の定めた「指導監督要項」に違反しているからけしからん、とするものが圧倒的だった。学習指導要領なり、指導監督基準なりに対する違反を、あたかも刑法違反の罪でもおかしたかのごとき報道である。(ちなみに同じことは「推定無罪」についても言いうる。容疑者として逮捕されただけで断罪の扱いが多い。が、これについて詳論はしない)教科書検定や、国旗掲揚に関してはいっぱしの反権力姿勢のようなものをのぞかせるマスコミが、ことこのテの話になると、それこそテもなく中身や実態の検証抜きに、お上の指導に逆らったのがけしからん、という論調になる。

 だから後段のようなことになる。「大学はすでに全入であり、難関校を対象とする進学校は一部でしかない」「大学受験が簡単になりすぎており、それがかえって高校教育の細分化、断片化をもたらしている」「教員と生徒が一丸となって受験対策に邁進するような高校はいまや日本のどこにも存在しないだろう」「マスコミはいまだに『受験勉強』か『健全な教育』か、『詰め込み』か『ゆとり』か、といった対立軸でしか語れないでいる」つまり、「こうした偏見のために、肝心の点を見ることができない」というのだ。

問題の所在はどこにあるのか
 中井氏は言う。「未履修は『進学校』だけの問題ではなく、高校全体で起きている問題なのだ。もっとハッキリ言えば、高校に100パーセント近くの青年たちが在籍することが、そもそも不自然なのである」「しんどい思いを早く終わりにしたい、そうした高校生に手を焼いているのが実状なのだ」理由はなんであれ、知的訓練が苦役でしかないのなら、それを減少させ、楽にしたいと切実に考えている現場のことをご存知なのでしょうか、と言うに等しい。

 さらに、「対応策協議の際に、マスコミも、文科省や教育委員会などの行政側も、政治家達も、『不公平』を口にした」のは笑うべきではないか。「甘い措置をしたら」受験科目にない「世界史を履修した生徒が『損をする』」。不心得者が「得をする」。そうしたことがないようにすべきだ。それが「公平・公正」だ。「しかし、こうした『損』『得』で考える思考こそ」「『ゆがんだ』学習をしてきた人間の発想」ではないか。「本来は『得』をしたのは世界史を学習できた高校生ではないのか」「みんなが高校に進学することを『公平』だと単純に信じ」ているような「古い図式や考え方」で教育問題を論じるべきではない。なぜならば教育とは「未来の立場」を論じることだからだ。

 まことに間然とするところがない。特に受験にあたって「損」をしたといわれている世界史履修者が本当は「得」をしているのではないか、というあたりは、蒙を啓かれた思いであった。

 特に、単純化された議論、犯人探しの議論からは「決まって強い国家統制を求める声が上がり、他方では市場原理の導入を支持する声が大きくなる。極論が支持され、現場の複雑な実態をふまえた議論は」「敬遠される」というのはわれわれが何度も目にしてきた事態だ。青少年非行から消費者金融に至るまで、何か問題が起こると「政治は何をしている」になるのを思い起こそう。ことは教育問題だけではない。(入山 映)

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タイトル:「神は意外なところからやってくる」

※画像はひとコマ漫画の"一部分"です
  タイトルをクリックすると、漫画の全体像を見ることができます


今日のひとコト

 前回に続き「神さま」物のナンセンスマンガです。神は自分の姿に似せて人間を創造した。なんて、誰が言い出したのでしょうか。さっそくマンガ家は神さまを人間の姿にしてマンガにしてしまいました。
 今回のこのマンガの神さまの姿をごらんになって、すぐ神さまだとわかりましたか。世界中どこの国でもこれを見て、神さまと答えるでしょう。第一、神さまなんですから。(竜山)

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