フランス大統領選(ドルドーニュ県の村からのレポート2)
フランス大統領選の熱気は凄まじい。投票日一週間前、サルコジ(国民連合運動)とロワイヤル(社会党)の両候補は、大ホールとスタジアムで行われたパリの政治集会で、それぞれ4万人の支持者を前に演説をしていた。TVニュースが伝える会場の雰囲気は、まるでコンサートかスポーツ・イベントのようだった。
二人の候補者のTV討論がある5月2日の朝、わたしが買った地方紙『SUD QUEST』の一面見出しは”決闘”だった。夜9時に開始されたTV討論を、2000万人が見たという。ワールド・カップのフランスvsイタリア決勝戦なみの、視聴者である。
いつも微笑を絶やさない優雅なロワイヤルが、別人のように厳しい表情で、サルコジを糾弾する。かたや、有能だが、あまりに攻撃的、感情的発言が多いのが不安材料だ、と言われてきたサルコジは、穏やかに応戦する。誰もが予想していなかった、攻守ところを変えた直接対決であった。内容は、2002年のブッシュVSケリーのアメリカ大統領候補TV討論が、穏やかに思えるほどの激しさだった。
緒戦は、ロワイヤルが「4年間、あなたは内相をやったが、治安はよくなってない」と先制攻撃をすると「いや具体的な数字で成果を説明しよう」とサルコジが反論。そのあと、失業問題、不法移民、35時間労働、核エネルギー、EU憲法などの争点が、2時間30分(休憩なし、30分延長)にわたって討論され、白熱してくると、相手の発言をさえぎって、反論する場面もしばしばあった。司会者である二人の著名ジャーナリストは、討論の流れをコントロールできず、途方にくれる場面がしばしばあった。
パリの国営TVスタジオでの、”決闘”のヤマ場を紹介しよう。討論の終わりちかく、サルコジが、身体障害者のこどもへの同情を示し、政策に反映する、と語ったときのことである。ロワイヤルは、これに激しく反論した。自分が教育相(ミッテラン政権)であったとき、学齢期にある身体障害者を、普通校で学べるシステムを推進したのに、現政権は予算をカットしたではないか。「これは、非道徳的政治のハイライトだ。あなたは、同情心カードを切っているにすぎない」と攻撃したのだ。
サルコジは「冷静になってくれ。そんな言い方で、批判するのはやめてくれ」と言うと、彼女は「冷静にはなれない」と反論する。サルコジはすかささず「大統領になるためには、冷静でなくてはならない」と応酬する。彼女が「不正義があるときには、冷静にはなれない。この怒りは健康的なものだ」と、言うと、サルコジは「マダム・ロワイヤルはいつもの冷静さを失っている。理由がわからない」と応じる。すると、彼女は「大統領になっても、わたしの対応は変わらない」と、言い切ったのである。
たしかにこの場面では、サルコジは冷静で、ロワイヤルは感情的だった。彼がポイントを稼いだのは確かである、しかし、インターネットで視聴者の反応を調べると、彼女の感情の爆発は”人間的で正論だ”とする支持派と、”感情をコントロールできないのは問題だ”とする批判派に二分されていた。
TV討論前の各種世論調査で、サルコジはロワイヤルに4%−5%の差をつけていた。逆転を狙ってロワイヤルは”決闘”で勝負にでたが、ノックアウト・パンチは出せなかった。しかし、タフな指導者の資質を示して国民を驚かせた。一方、サルコジは、国民の最大関心事である経済問題で、具体的な数字をあげて、平等の理念を強調する彼女に差をつけた。まだ世論調査の結果は出ていないが、勝負は引き分けではなかろうか。
このまま行けば、サルコジ大統領の誕生だが、まだ不確定要素もある。サルコジに投票すると思われていた極右・国民戦線(第一回、10%獲得)の党員に、ルペン党首が、5月6日の第二回投票での棄権を呼びかけ、TV討論を見たバイル仏民主連合(第一回、18%獲得)が「わたしはサルコジには投票しない」と明言したからだ。二人の党首のこれらの発言に拘束力はないが、ロワイヤル大逆転の可能性は残っている。(寄稿=土野 繁樹)
土野繁樹(ひじの しげき)
1941年釜山生まれ。65年同志社大学経済学部卒。
68年米国コルビー 大学国際関係学科卒。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(78年―86年)を経て「ニューズウィーク日本版」編集長(88年―92年)。
上智大学新聞学科講師 (01年−02年)。
現在はポモナ大学・環太平洋研究所日本代表。
2002年からフランスの田舎で暮らしながら白水社のふらんす誌”ドルドーニュ便り”連載中。
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