メディア・レボリューション

マスコミ各紙各局のOBや、現役の解説者などからなるニュースブログです。TVや新聞には出てこない「新しい」情報を発信します。

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イメージ 1 午後6時、村役場のホールで投票が締め切られると、すぐに同じ場所で開票が始まった。開票は公開されているので、30人の村人が集まっていた。中高年が多い。村の評議員の一人が、封筒に入れられた票を開き、ロワイヤル、サルコジと一枚ずつ読んでいく。別の評議員が票を確認し、名前が復唱され、記録される。30分で開票は終わった。村長がその結果を発表する。ロワイヤル134票、サルコジ110票。隣で友人のパスカルが「女性大統領が誕生するといいわね」と囁いた。帰りがけに、駐車場で副村長に「満足な結果ですか」と尋ねると、「全然」と言っていた。

イメージ 2 午後8時、国営テレビ局は投票終了(8時、しかし大多数は6時)と同時に、フランス全土の開票結果を画面に映しだした。サルコジ53%、ロワイヤル47%。この瞬間、フランス第五共和制・6代目の大統領が誕生した。その直後、ロワイヤルは数千人の支持者の前で「新大統領を支持する」との敗北宣言をし「戦いはこれから始まる」で終わる短いスピーチをし、大群衆のなかを歩いて行った。TVは、選挙本部があるビルに向かう、サルコジの車と、それを追う報道陣のバイク(ムービー・カメラで撮影のため)の群れを放映していた。

 日本の新聞・テレビでも、サルコジ勝利のニュースは大きく報道されたようだが、以下、パリから南500キロの小さな村から見た、大統領選の印象を、日本のことを思い浮かべながら、記してみる。

政治への期待
 大多数のフランス人は、危機感をもっている。5年前には、一人当たりGNPで世界12位であったものが、17位に転落、昨年、GNPで中国に追い抜かれている。高失業率(とくに若者は20%)、治安の悪化(大都市郊外での暴動)、不法移民の増加、グローバル化などで”この国はどうなるのだ?”という不安感がある。そこに、過去との決別を掲げた、新世代の二人の候補者が現れたので、国民の政治への期待が蘇ったということだろう。二回の投票率ともに85%は、これを示している。

 日本人も国の現状と将来に、危機感を抱いているが、多くの人が「政治による世直し」を信じていないのではないだろうか。政治へのあきらめ・しらけから脱却する道はないものか。

政策と言葉で勝負
 大統領選の期間中、TV(France2)、ラジオ(France Info)、新聞(Le Monde)は、実に克明に各候補者の政策を紹介し、吟味していた。第一ラウンドの12人の候補者は連日、失業対策からEU憲法に関する政策に関してインタビューを受け、アンケートに答えていた。例えば、ルモンド紙は環境党から極右の候補者まで12人の政見を、テーマ別にシリーズで紹介していたが、読者は比較検討できるわけである。

 マスコミはもちろん面白いヒューマン・ストーリー(例えば、サルコジ支持の女性国防大臣のロワイヤル批判。「彼女は、まるで毎日スカートを変えるように、 政策をくるくる変える」)を扱うわけだが、一昨年の日本の総選挙のときの、”刺客”過剰報道に類することはなかった。加えて、日本の政治と際立って異なるのは、小数意見の政治家が堂々と主張する権利をもち、マスコミがそれを保障していることだろう。サルコジが大統領に選出された夜、公共TV局のゲストにトロッキスト候補(4%で5位)と極右候補ルペンの娘で後継者(国民戦線は4位で10%)が、スタジオに呼ばれて、サルコジやロワイヤルの側近と対談をやっていた。ここでは、日本のマスコミで広がりはじめている、”反日的”であるという理由で、言論封殺をする風土はない。

右は右でも
 サルコジが、選挙本部近くの大ホールで大観衆を前にして行った、勝利宣言は格調高いものだった。支持者への感謝をしたあと、彼は「マダム・ロワイヤルとその考えに敬意を表する。そして、彼女を支持した国民に敬意を表する。わたしは、すべてのフランス人の大統領になる」と宣言した。

 新大統領はさらに次のように語っている。「わたしはヨーロッパ主義者だ。フランスは今晩、ヨーロッパに戻った」「フランスは環境問題で世界をリードしたい。偉大な国、アメリカも先頭にたってほしい」「地中海を囲む国との連携を深めたい。アフリカの貧困と戦争をなくすために、アフリカの人々と一緒に仕事をしたい」。スピーチは「フランスは寛容、自由、民主主義、人道主義を信じる人々の側に立ち、独裁と専制と戦う。これがフランスの誇りである」で終わっていた。

 サルコジはフランス政治の色分けでは、右である。しかし、日本的感覚、右イコール自民党と思うと、大いなる誤解となる。わたしは、このスピーチを改めて読んでみたが、熱いメセッージが伝わってきた。日本の政治に欠けているのは、心を奮い立たせる言葉ではなかろうか。歌手がメロディと歌詞で、人の心をつかむように、政治家は魅力ある言葉で、今日だけでなく、明日を語らなくてはならない。カラオケのうまい政治家はいるが、心をうつスピーチをする政治家があまりに少ない。これが日本の政治を退屈にし、日本が退屈な国になっている、原因のひとつではないだろうか。(寄稿=土野 繁樹)


土野繁樹(ひじの しげき)
1941年釜山生まれ。65年同志社大学経済学部卒。
68年米国コルビー 大学国際関係学科卒。
TBSブリタニカで「ブリタニカ国際年鑑」編集長(78年―86年)を経て「ニューズウィーク日本版」編集長(88年―92年)。
上智大学新聞学科講師 (01年−02年)。
現在はポモナ大学・環太平洋研究所日本代表。
2002年からフランスの田舎で暮らしながら白水社のふらんす誌”ドルドーニュ便り”連載中。

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日米のスポーツから考察するシンクタンク


 日米の両方のシンクタンクで勤務しながら、大きな格差を感じる。そのギャップの本質は、個人に力点を置くか組織を重んずるかに起因するように思われる。本当に日本人は組織を好むのだろうか。ふと単純な疑問が湧いてきた。
 
日米のスポーツの特徴
 それは、日本の古来から伝わるスポーツに組織を重んじるスポーツがほとんど存在しないのに、欧米のスポーツは団体や組織が主流であるということである。剣道、柔道、空手、相撲など日本の伝統的なスポーツは、個人を中心とするスポーツである。一方、欧米のラグビー、サッカー、野球などは団体・組織のスポーツである。
 
 ラグビーを例に取ると「One for All,All for One」という標語を思い出す。日本では組織のために個人があるという考えだが、欧米では個人のために組織がある。という後者のAll for Oneに力点を置いていると考えられる。
 
 イチロー、松井、ダイスケなどが大リーグで生き生きと侍のようにプレーしている姿に接し、明らかに大リーグは、個人の能力を自由に伸び伸びと発揮できる環境を提供しているように感じる。しかし、日本のプロ野球は、勝利のために組織やチームプレーが重んじられ、個人が萎縮しているように思われてならない。
 
日本人のDNAに反する日本の会社組織
 スポーツから日本の社会に目を向けてみると、日本の会社組織は、世界に稀なる組織を重んじる社会だと思う。終身雇用や年功序列などは、組織の一員として、One for Allとして勤務するのには良いが、組織やチームワークを乱す、革新的、創造的な行動や新構想は排除される傾向にある。
 
 日本の社会は、農耕社会や村社会に見られるような組織社会だと考えられている。しかし、日本の伝統的スポーツが個人中心であるとの例からも必ずしも組織社会に満足するとは考えられない。農耕社会が始まり数千年であるが、それ以前の何万年という時代は狩猟時代であり、また、日本人には蒙古斑が存在することから、我々の先祖は、ユーラシア大陸を遥か太平洋の彼方まで移動してきた民族であり、狩猟遊牧民族的なDNAを備えていると考えられる。
 
 そのように考えると、現在のとりわけ戦後の日本の会社組織の特徴である組織を中心とし、個人を生かさぬ構図は、本来の日本のあるべき姿でないように思われてならない。もし仮に、敗戦国日本の宿命として、明治維新から20世紀初頭にかけて観られた大きな構想と共に行動する傑出した人物を生み出さぬとのアメリカの対日政策が存在すると考察すると、見事にそれが今日も機能しているように思われる。
 
鉄のトライアングルとペンタゴン
 ワシントンのシンクタンクに接しながら、ふと興味深いことに気がついた。それは、シンクタンクの役割である。日本の社会構造は、政界、財界、官僚機構の鉄の三角形(トライアングル)で成り立っている。そして新聞、テレビ、書籍、インターネットのメディアの勢力が増し、4角形(スクエア)になり、また、アカデミズム、市民団体、NPO,NGO,宗教団体、医者、弁護士などのプロフェッショナルな集団を入れると、5角形(ペンタゴン)や6角形になるとも考察される。
 
 そのような形態の中で、シンクタンクはどのような機能を果たしているのだろうか。日本ではシンクタンクは機能していないようだが、アメリカのシンクタンクは、独特な役割を演じている。例えば、ワシントンの著名なシンクタンクの研究員は、政治、官僚、財界、メディア、大学、弁護士、宗教団体、国際NGOのすべてを経験し、それらに精通している人物が多い。日本の社会では、これらすべてを経験するのは、余程のチャンスに恵まれた異端児でなければ不可能である。
 
ペンタゴンを動かすシンクタンク
 政・官・財・メディア・学・市民などのペンタゴンの構図の中心に入り、その調整機能を果すのがシンクタンクの醍醐味であるように思う。メディアは真実・うわさ・嘘の3つしか伝えない。真実をうわさや嘘に変貌させさり、うわさや嘘を真実に変えたりするのもシンクタンクであるように思う。
 
 そのようなシンクタンクの機能が、新しい国際秩序の構築が想像以上の速度で進展している地政学的情勢の中で、日本も本格的なシンクタンク機能を備える必要があるように思う。しかし、それが組織に力点を置くならば、シンクタンクは機能しないように思う。理想は、日本の古来からのスポーツである剣道や柔道などの個人技を重んじながら、大リーグのような個人の能力を十分発揮できる「All for One」のシンクタンクであろう。(中野 有)

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タイトル:「ゴハンの炊きかたちがいでケンカ別れ」

※画像はひとコマ漫画の"一部分"です
  タイトルをクリックすると、漫画の全体像を見ることができます


今日のひとコト

 ゴハンの炊きかた。そんなこと日本人だったら赤ん坊だって知っています。ところが「おいしいゴハンの炊きかた」となると楽観できない。日本人の九十九パーセントが、ゴハンをうまく炊くということを忘れてしまったようです。デンキ釜でたくと、おいしく炊けます。デンキ釜がたよりです。アァ・・・もっとおいしいゴハンをたべたいなぁ・・・。(竜山)

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