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米国の原爆投下を「しようがなかった」と発言した前防衛相に非難囂々(ごうごう)である。許されてはならない投下行為を容認するものである、というのが主旨で、その限りでは極めて論拠の明確な非難であるが、これを「久間たたき」に終わらせては、永く不問に付されてきた「歴史認識」がそのまま残ることになる。中国・韓国に対しては殊の外、熱心な歴史認識だが、侵略者ではなく被害者だからといって、等閑に付してよいというものでもないのではないか。 原爆投下を取り上げる三つの背景原爆投下は許されざる行為であった。それは日本国民の共通認識であるといってよいだろう。しかしそれから先、議論は三つに分かれる。一つは、無辜の市民を大虐殺した東京大空襲、あるいは戦後捕虜のシベリア抑留、数え上げればきりがないそうした残虐行為、あるいは国際法違反の疑いの濃い行為に比して、「原爆」あるいは「核兵器」というのは同列に議論されるべきものか否か。 第二には、第一の議論に関わりなく、それ以上の戦争犠牲者の発生を回避するため、あるいはソ連参戦を回避するため、戦争早期終結のために米軍が取りうる一つのオプションであった、という議論には賛成するか、反対するか。これには「許されざる」行為であっても是認される場合があるかどうか、という理論的な自己撞着に陥る可能性もある。 第三に、仮に「許されざる」行為であり、是認する議論に根拠がないとした場合、日本は米国に対してどのような立場を取るべきか、という問題だ。声高に、毅然として、いま米国に謝罪を求めるべきかどうか、と言い換えてもよい。 この議論のコロラリー(系)としては、自らの手が汚れている(大戦中に自分も残虐行為を行った)日本に他を責める資格があるかどうか、というのもあるが、あまり本質的だとは思われないからここでは取り上げない。 第一の議論被害者としての非戦闘員、市民という立場からいえば、原爆によってであれ、なかれ、一つしかない命を喪うという意味において選ぶところはあるまい。その限りにおいては、殺戮、大量破壊相互間でこちらのほうがより悲惨だ、より悲惨ではない、という議論にはほとんど生産性がない。ノーベルがダイナマイトを発明したときに、そのあまりの威力に罪悪感を感じるとともに、これで戦争はなくなるだろうと思った、という逸話は(真偽はともかくとして)有名だが、全人類を何回も絶滅させられる、という意味において従来の脅威に比較して対数的に桁外れの殺戮手段だ、というのには一理ある。しかし、核兵器廃絶さえ実現すれば小火器や地雷廃絶は二の次だという議論の愚かしさと同じように、この種の相互比較にはあまり意味がないように思う。それどころか悪を相対化することによって、ある特定の悪の忌まわしさを薄めようとする意図さえ感じられる議論だといってもよかろう。かつて(当時)社会党委員長の土井たか子さんは「だめなものはだめ」といった。悪いものは悪いのである。第二の議論これは旧くからの「目的は手段を合法化するか」という議論に通じるものがある。原爆投下はあるいは日本の戦争継続意思に水をかける効果があったかもしれないし、なかったかもしれない。都市大空襲が国民の戦意喪失にあずかって力あった程度はどれほどのものか。それは歴史家の厳密な考証に俟つほかはないだろう。純粋に法律的な見地(この場合は国際法だが)から、原爆や都市空襲が生物兵器や毒ガスと同じように違法行為だという議論は可能である。しかし、極東軍事裁判の疑わしい合法性と同様に、サンフランシスコ条約によって日本はそれを議論する権利そのものを放棄したとする見方が支配的である。そうであれなかれ、原爆投下に対する評価は、その被害の相対的意味付けとか、その行為自体の必要性といったコンテクストとは無縁に非難されるべきだ、というにつきるのではないか。第三の議論スミソニアン博物館の展示の際にも反感は存在したし、今回の慰安婦問題の下院議決についても、「お前にいわれたくないよ」のような感情は結構強い。強制キャンプ問題については(ことが米国国民の権利問題であるだけに)遺憾の意を表明して修復措置をとった米国だが、この問題について歴代大統領、議会、駐日大使が謝罪したことは一度もないのではないか。考えてみれば、アヘン戦争について英国が、ベトナム戦争についてフランスや米国が「謝罪」したというのは聞かない。少なくともこれまでの歴史は、この種事件の帰結と「謝罪」とは別次元で動いてきた、とみるのが妥当であろう。あるいは外交上の結着として両者が同意した場合(通例勝者の敗者に対する要求)に限って採用された、といってもよい。だから中国・韓国が外交手段として「歴史認識」と用いるのは別に異とするにあたらないが、そのルールを採用するか否かは日本の判断であろう。それと全く同じ論理で、米国に今、この時に謝罪を要求するという決断も可能である。それが賢明な行為かどうかを別にすれば。(入山 映) |

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