涼を求めて 湿原街道(中)
札幌を出発したバスは釧路を経て根室管内の厚岸町・浜中町・落石岬と海岸をなめるように走って納沙布岬に向かう。
この地域の気候は同じ北海道といえども札幌とまったく違って、夏は霧が多くて気温はせいぜい20度という冷涼な気候となる。
従って植物も札幌近郊では見られないものがある。
葉が水面から立たず、花の真ん中が黄色い ネムロコウホネ (オゼコウホネは赤い):写真左
本州では高山でしか見られないランの仲間の テガタチドリ :写真中
(湿地で入って行けず、望遠でややピンあま、すみません)
外来種のセイヨウタンポポが日本全土を君臨している中で、ひっそり咲いている在来種の シコタンタンポポ :写真右
霧多布湿原
この地域の湿原の中でもっとも有名なのが霧多布(きりたっぷ)湿原だ。
湿原には地下水と泥炭の関係で、低層・高層・中間湿原に区別されるが、霧多布湿原はこれら3つの性格をあわせ持つ湿原として知られ、その多様さから「霧多布泥炭形成植物群落」として、早くから天然記念物に指定されている。
渡り鳥が通過し羽を休める所として、ラムサール条約の登録地にも指定されている。
その霧多布湿原のど真ん中を、道が突き切っているが
天皇陛下ご視察のとき整備されて、幅の広い盛土のような道路となった。(写真左)
すると湿原の水が寸断されて片側の乾燥化が進み、湿原の姿は道路を隔てて一変してしまった。
そこで道路の下に直径1mはあろうか、大きな管を数本埋める
外科手術をして、地下水の流れを自由にしたところ、翌年から左右の湿原はもとの湿原に戻った。
(写真右:埋められた導水管)
今回は見ることができなかったが、シーズンになると見事なエゾカンゾウ、ワタスゲ、ノハナショウブなどが湿原を一面に覆う。
こうして貴重な植物群落は維持されている。
難解地名
ところでこの釧路から根室にかけての地名の読み方は、とてもとても難しい。
北海道の地名はもともと、アイヌ語に漢字をあてたものが多いが、とりわけこの地域の地名は難解、まず読めない。
又飯時(またいとき) 来止臥(きとうし) 浦雲泊(ぽんとまり) 冬窓床(ぶいま) 初無敵(そんてき) 賎夫向(せきねっぷ) 分遣瀬(わかちゃらせ) 老者舞(おしゃまっぷ) 知方学(ちぽまない) などである。
これをわからせようとしても、分遣瀬(わかちゃらせ)られない。
ほかの地域ではそれなりの理屈と情緒がある中で、この地域の地名はどうして無関係な漢字が当てはめられたのだろうか。
どうやら明治の初期、この地に赴任した和人の役人に文学的素養というか漢学の素地なく、アイヌ語の発声音に自らが知っていた乏しい漢字を無理やり当てはめていったらしい。
その結果「無理偏に拳骨」がまかり通って今日に至っているようだ。
その中で例外もある。
霧多布 (きりたっぷ)である。
アイヌ語のキイタップ(平坦な土地)からくる。
海霧に覆われることの多いこの地を「霧多布」という字を当てたのはまさに慧眼、語感もよい。
アイヌの長老からの聞き取りのとき、たまたま濃い霧がこの地を覆っていたのだろうか、と思うと楽しい。
南国?の根室
バスは根室に入った。
北方領土が目の前に広がる納沙布岬付近の海は凪いでおり、漁民は昆布とりに忙しい。
たまたま根室はお祭り、根室金比羅祭りだった。
北海道には数少ない神社の例大祭で、幕末に当地で活躍した淡路の
高田屋嘉平が故郷から分詞したのが始まりという。
札幌の北海道神宮祭、函館に近い江差の姥神(うばがみ)大神宮渡御祭とともに、北海道3大祭りのひとつに数えられている。
神輿や山車が街を練り歩き、楽しみの少ない住民にとっては大きなイベントだ。
夏祭りとはいえ平年の気温が20℃前後の根室では、住民は昔は「かく巻き」を着て祭りを楽しんだという。
ところが今年は様子がまったく違う。
子供は浴衣姿、若者はTシャツである。
涼しいところにきたはずなのに、東京から来た観光客は暑くて本州と同じだとぼやいている。
この日の根室はなんと30度を超えたという。
たかだか30度というなかれ。
当地では20度を越せば暑く、25度を越すと天気がニュースになる土地柄である。
翌日の朝、釧路に勤務したことのあるという東京のアナウンサーが、テレビで本州の猛暑をよそに、釧路根室地方が30度を越したのは大変なことだ、と取りあげていたのはまさに機を得たコメントだ。
北海道でもっとも気温の低い地域でも、この夏はついに32度を記録する半世紀ぶりの猛暑となった。
ことしは涼しさを求めるなら根室でもだめだ。
国後から択捉へと千島列島をどんどん北上しなければならないという気持ちになる。
( 写真:北方四島返還を求める「叫びの像」国後島の山並みが見える別海町 )
人間より牛の数が多い根釧台地の主人公・ホルスタインも、舌をだらりと出して、暑いのは「モー結構」といっていることだろう。
ことしは暑さで野生の植物もいまいち元気がないように見える。
水不足と重なり、樹木の葉は赤茶けて、紅葉が早くも始まっている。
(つづく)(寄稿=望田 武司)
望田 武司(もちだ・たけし)1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。
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