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そのひとつが軍事博物館前の公園に立つレーニン像(左写真)で、尻を向けているのが何と中国大使館。新生ベトナム建国の父ともいうべき故ホー・チ・ミン氏の遺体は現在、ハノイのバーディン広場に面する壮麗なホー・チ・ミン廟のガラスケースの中に寝かされているが、友人によると、「足は中国の方に向けている」そうだ。 日本では元寇が2度あった。が、実は、ベトナムはチンギス・ハンの孫、フビライが建てた元に3度(1257年、1284−85年、1287−88年)も攻め込まれている。また、中国はベトナムの王朝でお家騒動があると決まって介入。明代(1368−1644年)には、一時、直接支配されたこともある。さらに、1979年の中越紛争では、中国の人民解放軍がベトナム北部の国境の街、ランソンまで攻め入っている。 ハノイの中心部には市民の憩いの場所となっているホアンキエム湖(下写真)がある。「ホアンキエム」を漢字に直すと、「還剣」。この湖にはこんな言い伝えがあるそうだ。 ベトナムの黎王朝の始祖、レ・ロイ(黎利)が1428年、ベトナムを支配していた明の大軍と戦うことになり、レ・ロイは戦を前に湖の前にたたずんでいた。すると、水の中から大きなカメが剣をくわえて浮上。レ・ロイはこの剣をもらい受けて明の大軍を撃破し、国を救うことができた。レ・ロイが戦の後、湖に戻ると、大きなカメが再び現れた。そこで、レ・ロイは神に感謝し、剣をカメに戻すと、カメは剣をくわえて水の中に姿を消したという。「ホアンキエム」の名はこの伝説からきている。 |
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2007年09月10日
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増税か歳出カットかという表面上の二項対立にさしたる意味のないこと位、ほとんどの国民は理解している。実はこれは選択の問題ではなく、順序の問題だということも、である。かの朝三暮四と同義ではないかと言ってはいけない。官僚や政治家が税金に群れをなしてたかっているおぞましいあり方が明らかになるにつけ、一体無駄遣いされている税金の総額はどれくらいなのだろう、という疑念はとどまるところを知らない。その意味では、増税の前に、一体どれほどの無駄が、許されざることが行われているのか、それをまず糾明すべきだ、という順序の問題は当然すぎるほど当然であると言ってよい。 政治感覚本来その感覚を鋭敏に捉えて、「その順序で」問題を提起することは政治家たるもの先ずしなくてはならないイロハではなかったか。その意味で、10日から始まる国会を「予算無駄遣い徹底究明国会」にする、と9日のテレビ番組で民主党の菅氏が述べたのは大正解だった。彼が言うように、300兆円の予算支出の(少なめに見て)10%が節約できるものならば、まして、現実に節約してみせれば、その後の増税議論の雰囲気も変わろうというものである。 実はこの観点から問題を見直せば、異なった解決策が提示されることも多いのだ。例えば同じ番組で舛添厚労相が鋭く指摘した社保庁の諸経費、特に随意契約によるコンピューター関連経費の不当な高額さはその典型だろう。問題なのは随意契約そのものにあるのか、それとも随意契約の当事者企業が、当該省庁から多くの「天下り」を受け入れていることなのか、これははっきりさせたほうがよい。 随意契約官製談合など様々の不祥事から、羹に懲りて膾を吹いた結果、悪者に仕立てられたのは随意契約そのものであった。その結果、嗤うべき事態が散見されるようになっている。永年にわたって構築された人脈の蓄積のうえに定期的に開催される国際会議や、将来にわたって一貫した方針の元になされるべき人材育成のようなものまで、毎年公募で競争入札にするという。 問題の所在を見誤った典型だと言ってよい。「利権」化される当該事業を受注する企業やその業界団体に、官僚の天下りを一切禁止すれば随意契約に関連する問題のほとんどは存在しなくなるだろう。そこをうやむやにしたまま、官庁横断的な再就職斡旋センターを作ってことなれりとするのは、目くらまし以上のものではない。 郵政民営化の本質税の無駄遣いが発生しないように、出来ないようにする制度的な知恵が求められている。安易な公共投資の増額を可能にしていた財投原資の供給源を絶つことにこそ郵政民営化の本質があったように、「旨い汁」や既得権益が存在しにくくなるような実際的な手段方策を見つけてゆく必要がある。 厚労省を始めとしていくつかの役所が槍玉に挙がっている。しかし基本的には、名目・費目の如何を問わず、省庁予算が使用される相手と発注者である省庁との間に癒着構造が存在すれば、すべての役所に無駄遣いとその可能性があると言ってよい。 「水清ければ」だからといって、摘発コストが不当使用額を上回るようなチェック機構など意味がないことも他方の事実である。その平衡感覚を維持する為には、一方でお役所の仕事を減らし(民間能力の活用)、他方で情報公開によって透明度を上げる、というのがこれまでにわれわれが得た結論だった。けだし、規律保持それ自体が自己目的化することは国民福祉の向上に役立たないからである。 にもかかわらず、独立行政法人は一つたりとも廃止しない、予算要求は一割増だ、というのでは、自分の仕事のことを一番よく知っている筈のお役人に、自主努力で事態を改善することを期待すべくもないようだ。参院勢力の逆転を奇禍として、与野党一致してことにあたることを期待したい。その意味では大連立の機は熟している。(入山 映)
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