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ロッキード30年報告

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 戦後最大の疑獄といわれたロッキード事件とは、何だったのか。元首相逮捕が、その後の政治に与えた影響、特捜検察の存在意義、事件に関わった人物たちの人間模様、30年の歳月を経て、いま問われるべきものは何か、などの視点から、取材を担当した記者が、個人的感想も含めて「ロッキード体験」を伝える。連日、掲載する全10回のシリーズです。


 第1回「田中角栄元首相逮捕」

イメージ 1 ロッキード事件から30年が経過した。年明けの1月2日、捜査の主任検事を務めた吉永祐介さんを都心の自宅に訪ねた。吉永さんは、東京地検特捜部長などを経て検事総長として検察の頂点に立ち、73歳の現在、弁護士として静かな日々を送る。

 年始のその日、典子夫人や孫たちに囲まれ、おだやかな表情には昔日の厳しさはなかったが、1976年から77年にかけて、駆け出しの司法記者として事件を追った身にしてみれば、一つ一つの記憶に、強い意志をあらわにした主任検事の顔がオーバーラップする。
 
 5億円の外為法違反容疑で田中角栄元首相に出頭を要請した76年7月27日、吉永さんは日が昇る前に、霞ヶ関の検察合同庁舎に入った。当時の庁舎は、正面と通用口の二つの入り口が一般に知られていたが、実は裏側に隠された入り口があった。吉永さんは「前日に鍵を開けておくように指示して、真っ暗闇を手探りしながら庁舎に入った」と語る。周辺に待機する報道カメラマンらに気づかれずに登庁するには、その入り口しかなかった。

 前夜、いくつかの異変があった。吉永さんは「腹の具合が悪いので、明日は病院に寄ってから役所に行く」と夜回りの司法記者たちに告げて、自宅に入った。2月に始まった捜査の指揮官は、小柄だが頑健な体力の持ち主で、ほとんど休日なしの5ヶ月余、体調不良を口にしたのは、この日が初めてだった。

 いくつかの情報を総合して、毎日新聞は「検察、重大決意へ」「高官逮捕は目前」と1面トップに見出しを掲げた紙面作りを進め、吉永さんが自宅に消えたころには、輪転機は回り始めていた。27日朝刊のスクープ紙面は、捜査の急展開を先取りしたものの、その時点で一気に元首相逮捕に及ぶ可能性は低いと分析していた。

 トライスターの導入をめぐって、贈賄側となる丸紅、全日空幹部はすでに逮捕されていたが、政界捜査は元運輸相など周辺から攻めて頂点へ、と予測していた。早朝の張り番取材も、5億円授受にタッチした元首相秘書官宅には記者とカメラマンが配置されていたが、目白の田中邸は対象外だった。

 吉永さんの「暗闇の出勤」も、逮捕まで情報を漏らさない固い決意の表現だった。ライブドア事件で、強制捜査から時間を置かず、堀江貴文容疑者らを逮捕した展開に、思わず当時を思い出した。

 捜査をめぐる情報戦でメディアは特捜検察に勝てなかったが、検察合同庁舎の正面玄関で検事に付き添われて車から降りてきた元首相と対面した時、三権分立が正しく機能したと実感し、その日の夏空のような心境だった。だが、この事件を基点に日本の政治を考えてきて30年を経たいま、日本及び日本人はどこへ行こうとしているのか、といささか寂しく、悔しい思いも否定できない。(高尾義彦=寄稿)


【司法ジャーナリスト・高尾義彦】1945年徳島県生まれ。東大文学部卒。毎日新聞司法キャップ、編集局次長、紙面審査委員長など歴任。著書に「陽気なピエロたち 田中角栄幻想の現場検証」(社会思想社)「巨悪に挑戦 東京地検特捜部」(エール出版)「中坊公平の 追いつめる」(毎日新聞社)など。

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