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劉纉の中国レポート

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 劉纉さんからの久しぶりのメールが届いた。安倍首相と胡錦濤主席の日中首脳会談について中国の大学生たちの反応だ。彼女たちの、現地の新聞などの報道、インターネットなどを通じての感想は安倍首相の訪中で、靖国問題で冷え込んでいた日中関係の改善へ向けて好感視していた。以下、メールを紹介する。

           ◇              ◇             ◇

 安倍さんの訪中のことについて、私が見た限り、インターネットでは過激な発言は思ったよりずっと少なかったようです。(政府が何かしているのではないだろうか)。
新聞では、傾向性を見せない報道(評論、解説などコメントを控え、事実中心の報道の意)が多いという印象です。多くの新聞では、安倍さんが戦争について謝罪したことが大きな見出しになり、「日中共同プレス発表」のことも大きく取り上げられた。

「安倍さんの態度変化」を評価
 一方、「靖国問題について明言せず」という報道も主な内容となり、面白いことに、「安倍の態度が昔と変わった」ことに焦点を当てる新聞が多い。楽観的になったかというような印象が受け取れます。
 私の友達では、このことについて興味を持ってない人も結構いました。クラスメートのある女の子に聞いたら、「え、訪中?」と知らなかった顔をしました。

安倍さんの印象、肯定的
 でも続いて安倍さんのことについて話したら、「安倍は小泉より好きかも」「安倍の奥さんは大のペ・ヨンジュンファンだと聞いた」「外祖父は戦犯だけどね・・・本人はどうかな」と、意外に肯定的な印象でした。

日中関係改善へ楽観視?
 ある男の子に聞いたら、「日本政府は馬鹿なことしなければ、関係回復は確定だろう」「でも、もし安倍が靖国に行ったらね、もうすべてがおしまい。中国政府は意地でも屈さないかも」と、少し楽観的(?)な考えを見せました。安倍さんは中国で人気になるかも^_^(冗談)
 私、個人的には、まず訪中してよかったと。会って話してが何よりだと思います。そして今回の訪中で多くのことで両政府が一致したことはとてもよかったと思います。複雑な世界戦略をほっといて、中日関係だけで言うと、良いことでしょう。これからもこのようなことがたくさんあるように。
 ただし、今回のことは、北朝鮮が核実験を行うとの宣言を背景にしたもので、その点について深く考える価値があると思います。実はこのごろ、ネットでは(日本の)訪中より北朝鮮のことが注目されています。


※日中首脳会談直後の大学生たちの印象、しかも、日本語を学ぶ学生たちという事情を考えても、若者たちの素直な感想が伝わってくる。(政府が何かしているのではないだろうか)との洞察は鋭い。「安倍首相夫人がヨンさまファン」であることを知っているなど情報化時代をまざまざと映し出している、ことを改めて実感させられる。
(園木 宏志)

※劉纉さんは湖南省出身。現在、清華大学日本語学科の4年生(21歳)。2004年10月から1年間岩手大学
教育学部に交換留学。2005年10月に清華大学日本語学科に戻りました。「日中の相互理解のためになりた
い」が希望なだけに、日本語の文章も、お読みになってお分かりのように抜群です。

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大学卒の進路状況―清華大学日本語科の今年のケース
 正確に言うと、私は留年生です。大学2年目が終わって日本に渡り、1年後帰国して個人の希望で3年生になりました。つまり、この7月、私はまだ3年生なのに、私の元クラスメートたちがみんな卒業するわけです。
 惜別の気持ちが続く中、今日の日記では、この清華大学日本語科2002級(2002年入学という意味)卒業生の進路について、ご報告したいと思います。

 現在中国では、大卒の就職は厳しくなる一方です。多くの学校では、大学院生への推薦の割合が3%〜10%。学歴は依然として重視され、院生になりたい人が増え続ける。そこで大学院入学試験は、「第2次高考(高考は大学入学試験のこと)」と呼ばれるほど競争が激しい。一方、全国大学の生徒募集拡大によって、毎年、卒業生が増えるに連れて、大学卒業生の初任給は下がる一方。一部のところでは、大学卒業生の初任給が、低いとされる肉体労働者の給料より低いという現象もマスコミに報道されている。
 そんな情勢の中、中国の名門校とされる清華大学の学生は恵まれているように見える。いろんな機会が多く、選択肢も多い。就職にしても、多分、他の大学の学生より少しながら有利だろう。
 それでも、転々とする人が多い。就職する人はともかく、院生になった人たちも、2年後、同じような情勢に向かうことになるだろう。これらの事情を念頭において、文章を読んでいただきたい。

 万国共通だろうが、大学卒業生の進路は主に3つに分けられる。留学、大学院(推薦入学或いは入学試験)、就職。清華大学の特徴は、留学と大学院推薦入学の割合が非常に高いことである。「留学」は(毎年卒業生全員の)20%〜30%、大学院推薦入学は約50%、就職は約20%前後、という大まかな数字がある(入学式の時、学長先生が示された)。年によって違うが、歴年の傾向を表す数字として知らされている。
 今年の日本語科の卒業生12人。留学が1人、院推薦入学は7人、就職は4人となっている。就職と留学の割合は前の数字とずれがあるが、就職する人の中で、二人が留学申請がうまく行かない状態で就職したこともあって、全体的に考えると大体前の数字にあっているだろう。

過半数は大学院へ
 今年の大学院に入った7人。日本語科の院生になったのは4人いた。日本語科と他学科の提携で、人文科技研究所(主に日本との技術交流やその類)に1人と、公共管理学院に1人。もう1人は自ら全学募集に応募し、公共管理学院に入った。
 今までは、以上の学科以外にも、歴史学部、国際関係研究所、マスメディア学院などに入った先輩がいる。
 推薦入学の方法としては、まず学生が書面で申請表を希望先の学科に提出し、学科が最初選別したあと、選別された一部の人が面接を受ける。選別の最も重要な基準として、大学4年間の成績を表す「学分積」というものがある。簡単に言えば、「学分積」は大学四年間のすべての必須・選択必須科目の成績にそれぞれの単位をかけて出した数字の和を、それらの単位の総和で割った結果である。その計算法が実に難しい。
 推薦の資格を得るには、「学分積」はクラスの前半に入るのが前提条件である。

悩む、留学?就職?――就職4人組の場合
 数字ばかりの文章になってしまいました。少し世間話をしましょう。
 就職した4人にはそれぞれの物語がある。

●音楽関係へ――日本の大手レコード会社が中国に新しくつくった支社での仕事。彼女は音楽が大好きで、「この仕事は日本語があんまり使えないけれど、好きな仕事を見つけて幸せ」と言った。
●日系企業へ――彼女は3,4年生の時、慢性の病気になって、なかなか完治できないまま卒業に突入。就活の時でも体調はそんなによくなかった。そして社会人の彼氏があと数ヶ月で転職して、日本に行く予定。身体を心配して中国に残るか日本に行くか、職が見つかった今でも、彼女は迷っているようだ。
●湖南省のテレビ局へ ――最初は香港の大学に留学希望だった。しかし、書類交換の時、何かの間違いがあって、彼女は香港に行けなくなった。今は湖南省にある全国大人気のテレビ局で楽しくやっているようだ。
●広州の会社へ――就職がほぼ決まった後、日本の広島大学への留学機会が出来た。考えに考えて、就職をあきらめ留学申請に取り組んだ。今年9月に研修生として日本に入り、来年4月入学の予定だったが、希望の学部には秋の院生募集が無いため、入学は1年間遅らせなければならない。彼氏が中国にいて、自分の青春も考えて留学を放棄した。就職シーズンを外れての就活だが、希望通りの広州の会社に就いた。

 留学が決まった人は、あの有名なケンブリッジ大学経済学部。自ら仲介人を捜し、書類や電話面接を受けたあとの私費留学だ。留学申請しながら、彼女は就職の面接も受けていた。

私は...?
 今、私も日本留学を希望していますが、失敗したら、就職するでしょう。日本留学は、まだ私たちにとって難しいもののようだ。そして留学すると決めた時点で、院生推薦の資格を失うことになる。清華大学の学生にとって、選択は難しい。


 今回は日本語科の卒業事情について紹介した。日本人と接する機会の最も多い中国人の一部として、日本語を専門とする中国人たちの行方は、たとえ彼らは将来何をしていても、日本語と、日本と、そして中日関係と切っても切れない、何かの繋がりがあるだろう。
 中国と日本の繋がりは、このような目に見えない細い糸の1本1本が人と人との間で結びつき、少しずつ出来上がったものだと、再認識した。(劉纉=寄稿)

※劉纉さんは湖南省出身。現在、清華大学日本語学科の3年生(21歳)。2004年10月から1年間岩手大学教育学部に交換留学。2005年10月に清華大学日本語学科に戻りました。「日中の相互理解のためになりたい」が希望なだけに、日本語の文章も、お読みになってお分かりのように抜群です。

玉淵潭(ぎょくえんたん)公園のお花見

イメージ 1

 四月上旬。春の日。お花見に行きました。
 今回のお花見は清華大学外国語協会と日本人会が共同主催したもので、中国人学生、日本人留学生、韓国人留学生ら計48名が参加しました。予定人数を8名も超える盛況でした。






「北京にはこんなところがあるのかー」
イメージ 2 花見の場所は玉淵潭(ぎょくえんたん)公園。海淀区にある大きな公園で、桜の名所でもある。入場料は学生の場合3元(日本円45円相当)、成人5元(75円相当)。門のすぐ傍にCCTV(中国中央テレビ局)のタワーが聳え立っていて、周りは大通り。まさに繁華街にある公園。休みの日なので人も多かった。48人が雑踏の中で道を開き公園に入ること自体がひと苦労だった。
 しかし公園に入ると、イライラさが一瞬にして消えていった。目の前に広がる湖。湖辺に数え切れないほど、桜が咲いている。ピンク、白、薄紅色の桜、まるで霞のよう。その霞の中、新生の青々とした柳の葉が風に乗せられて踊っている。鮮やかな黄色の黄梅(中国名:迎春花)、ピンクの桃の花、紅色の梅の花がそれに添えている。山紫水明、春爛漫。
つい最近まで黄沙に覆われている北京じゃないみたい。

イメージ 3 正直に言うと、公園に入るまで、私は今回の花見にそんなに期待してなかった。なぜなら、日本で花見をした経験があり、北京の場合、桜に日本人のような愛着もないし、気候も桜の生長にあまり向いてないから、花よりみんなで遊ぶことのほうが今回の花見の主題になると思った。しかし玉淵潭は、こうした考えを変えた。日本と変わらないきれいな桜、その上、中国特有の雰囲気。本当に良かった。
 日本人留学生たちは、当然私より喜んでいた。「北京にこんなところあるのかー」の声が、グループのあっちこっちから聞こえてくる。故郷を離れて北京に来た留学生たちには、こうした景色は大きな慰めとなるのではないでしょうか。

玉淵潭公園の桜
 公園に入ってすぐ、案内のボードがあった。桜の鑑賞コースを紹介するボードだった。見てみると、「友誼林」という所がある。

イメージ 4


イメージ 5 調べてみたら、なるほど、玉淵潭公園の桜はやはり日本と関係があるのだ。1972年、田中角栄首相が訪中した時、北海道産1000本の山桜を中国にプレゼントした。その中で180本が玉淵潭公園に植えられ、数年後、開花がみんなに知られるようになった。しかし北京の気候に向いてないため、寿命は日本より短い。現在はほとんどその晩年になっている。90年代以降、同公園は中国国内でいくつか新しい品種を導入し、桜の木の数は3000本にも増えた。2001年、さらに400本の染井吉野を導入した。裏山にも、小渕首相が植えた松の木がある。玉淵潭公園はまさに中日友好の証の場所ですね。


花の下で、羽根の蹴鞠
イメージ 6 湖辺のひとつの小さい空き地に、布を敷いて、花見開始!
 お弁当にはスパゲッティ、おにぎり、太巻き、ソーセージ。飲み物はビール、ジュース、お茶。水切りで競争しあう人もいるし、おしゃべりする人もいるし、歌を歌う人もいるし散歩をする人もいる。かわいい子供を見たら、女の子はみんな「キャー」と声を上げる。水切りに大成功したら、男の人はみんな「イェー」と盛り上がる。暖かい春の日差しの下で、国籍というものはいつの間にかなくなったようだ。
 中国人学生数人が何かを蹴り始めた。すぐ日本人学生も参加した。羽根を足で蹴り回す遊びです。みんなでパスし合い、地面に落とさないようにするのがルール。簡単に見えるが、実はとても難しい。蹴り方にも初級、中級、上級がある。中国では専門のチームもあれば、試合もする。いつ、どこででも、誰でもできるスポーツの一種だ。
 日本人学生の多くは初めてなので、最初はなかなか慣れない。でもサッカーをするように、足、頭、胸を全部使って彼らから、すばらしいパスもしばしば出る。やっているうちに興味が深まる。「今度また一緒にやろうね」という約束までした。「これ、はまるね。」と、日本人友達に言われた。
 はまるのは、羽根の蹴鞠だけでなく、このようなみんなで一緒に何かをする雰囲気ではないかなと、私は思う。


※ご覧の写真が先に(4月中旬)届きましたが、原稿がパソコンの手違いで遅れ、昨日届きました。北京の桜の時期はチョット過ぎましたが、興味深い内容なので掲載しました。 (事務局)


※劉纉さんは湖南省出身。現在、清華大学日本語学科の3年生(21歳)。2004年10月から1年間岩手大学教
育学部に交換留学。2005年10月に清華大学日本語学科に戻りました。「日中の相互理解のためになりたい
」が希望なだけに、日本語の文章も、お読みになってお分かりのように抜群です。写真もすべて劉さん撮
影です。


日中関係が政治的に芳しくない時期、市民レベルの交流が何よりも大切です。そんな時、中国の名門、清華大学で日本語を学ぶ女子大生、劉纉さんと縁ができ、中国レポートをお願いしました。
 第3回の今回は滋賀県で起きた中国人女性による園児2人殺しへの彼女の感想です。

中国人女性が日本で園児2人殺害
 北京ではおととい(2月28日)雪が降りましたが、今日、ようやく少し春らしくなってきました。

 最近、とてもびっくりしたニュースがありました。中国人女性が日本で園児を2人も殺したニュースです。中国人として、恥ずかしい、申し訳ない気持もありますし、あの女性に対して怒りのほか、悲しい気持ちも抱いています。 どうしてこんなことになったのでしょうかと、ずっと考えていました。日本人の友達とも、このことについて話しました。私が中国の新聞やインターネットから得た情報が不十分で詳しい事情はわからないが、いくら精神的に病んでいても子供2人の命って、とても許せないですね。ルームメートもみんな驚愕し、私と同意見でした。中国人全員を代表する資格はないが、やはり中国人として言わせていただきたい:申し訳ありませんでした。

 このことから考えたのは、日本で暮らす中国人―広く言えば外国人―の精神状態と日本社会の仕組みです。私は日本にいた時(留学1年間)は、みんなからやさしくしてもらって、楽しい生活を送っていました。しかし、本当に長期で日本に暮らす外国の人(留学生じゃなく)はどんな気持なのか、短期滞在で国費奨学金をもらっていた私には、わからないのです。日本社会或いは各地域でどういう風に外国人を受け入れているのかも、一般の日本人は自分の町に住んでいる外国人に対してどう考えているかも、知りません。自分の勉強不足を痛感しつつ、国際コミュニケーションの難しさを、改めて感じました。

(今、私は院生になって国際コミュニケーションについて勉強しようと考えるようになっています。)

 この事件でもうひとつ気になったのは、マスコミの報道です。私がこの事件を知ったのは、中国の新聞『青年参考』からでした。しかし、新聞一面を占めたその記事では、女性が精神病になった原因は、主に日本社会にあるとばかり書いているのです。日本人の気持や国際的な影響など、あまり触れていませんでした。その記事に結構いらいらしました。そこで、日本のインターネットで調べてみたら、事件の残虐さや遺族の悲しみばかり強調する記事で、事件の原因について深く分析し、納得できるような文章を見かけませんでした。さらに心配になったのが日本のテレビ、主流新聞がこの事件をどう報道していたのか、一般の日本人にどんな心理的な影響が与えられたか、このことは政治に利用されないか、などのことです。

 マスコミの報道は、一般民衆の考え方に大きな影響力があります。でも、実は私、日本のマスコミにも中国のマスコミにも、少し不信感があります。時によって「これでマスコミの洞察力なのか」「本当に調べたのか?」「本当に客観的に見ていたのか」「もっと責任のある報道をしてよ」と言いたくなる時もあります(もちろん全部そうじゃないと思いますが)。(劉纉)



※この原稿は私宛ての個人メールで届いたものです。あの滋賀県の園児2人殺害事件。加害者が中国人だったことから劉さんはショックを受け、悩み、中国、日本のマスコミ情報を元に感想を吐露していた。昨年10月までの1年間、日本に留学、日本、日本人と接した彼女は、「中国人を代表して」として「謝罪」したことに私は感動しました。知る限り中国人がこの事件で謝ったことを私は知りません。

 このメールには、考えさせるものが多くありました。
 その中に、いくつかの疑問、質問があり、私なりに答えを返信メールで以下のように説明しました。

●中国のマスコミが「原因は日本社会にある」については→「一面だけを取り上げている。(共産党が指導している訳ではないが)その方が今の日中関係の中では読者の関心を呼ぶから」と説明。(中国の新聞は市場経済下で販売競争をしており、“売らんかな”の下では「反日記事」は売れる傾向にあるという)
●「日本のマスコミも、事件の原因を深く分析しているのを見かけない」については→毎日新聞北京支局員の加害者・鄭さんの実家(北辺の黒龍江省)での取材記事(2月21日付朝刊)を示し、マスコミの中にも一面的ではない、よって来たった原因の一端に迫っていることも紹介した。

 さらに、劉さんへのメールでは、「鄭の行為は絶対許されない。原因は彼女の病気だった。日本社会で、それが亢進したとはいえ。それでも、このことが冷え込んでいる今の日中関係の中で、日本人の中国人に対する悪感情を助長することになる恐れもないことはない。心配している」ことにも触れておいた。
 劉さんは、「このメールは感情的なので『中国レポート』としては使わないで」との申し出があったが、この便りは多くの日本人に読んでもらいたく、敢えて劉さんに掲載をお願いし、了承されたので掲載しました。
(園木 宏志)


※劉纉さんは湖南省出身。現在、清華大学日本語学科の3年生(21歳)。2004年10月から1年間岩手大学教育学部に交換留学。2005年10月に清華大学日本語学科に戻りました。「日中の相互理解のためになりたい」が希望なだけに、日本語の文章も、お読みになってお分かりのように抜群です。写真もすべて劉さん撮影です。若い中国の大学生の目線による「中国レポート」をシリーズで送ってもらうことになりました。


 日中関係が政治的に芳しくない時期、市民レベルの交流が何よりも大切です。そんな時、中国の名門、清華大学で日本語を学ぶ女子大生、劉纉さんと縁ができ、中国レポートをお願いしました。今回は中国の最大の行事「春節の準備風景」=第1回=に続いて第2回「春節本番」です。

『春節本番』


<除夜の晩餐&「団欒」>
 春節本番は、除夜の晩餐から始まります。
 一家団欒でお喋りをし、料理を楽しみながら春節特別番組(日本の紅白歌合戦と似たようなもの)を見て、12時のカウントダウンを待って新年を祝う。これが中国春節の一般的な風景です。
 私の家の場合、毎年この晩餐を祖父の家で食べる。父側の4人のおばさんも家族連れで集まってくるので、全部で18人。トランプゲーム、お喋り、料理の支度、酒を勧める声、テレビの音…祖父の小さな家は 週末の小型市場みたいに賑やか。食事中、H君はこっそりと私に
「ちょっとうるさくない?」と言った。
 確かに少しうるさいかもしれないが、中国人にとって、このうるささこそが春節なのです。みんなで集まって楽しく騒ぐことに、春節の主題となる「団欒」の意味が、一つの世代から次の世代に伝わるのではないかと、私は思う。

<拝年(年始回り)&1234567>
イメージ 1 旧正月の初日から、一連の「拝年」(年始回り)が始まる。「拝年」とは、親族や友だち、お世話になった人の家を尋ね、新年の挨拶をすることです。
 1日は父側の祖父家。2日は母側の祖父家。3日は自分の家でみんなを待つ。4日に一番上のおばさんの家。5日に二番目のおばさんの家…今年の春節はいつもと同じぐらいに忙しい。家に入ったらまずお祝いの言葉を言い、子供はこの時、お年玉をもらう。そして一緒に食事をし、楽しく一日を過ごす。春節の前に各家が用意していた1週間分の料理は、実際にこの年始回りのためです。
 実は、何日にどこの家に行くかは、昔から決まりがあるらしい。中国語で「一子二婿」、つまり、一日に息子が自分の両親家に行き、2日に婿が妻の両親家を訪ねる、という言い方があります。
 祖父の話では、昔、春節の時、1日から15日まで、毎日何をするかが決まっていて、15日間で、一つの完全な春節の儀式になるらしい。それは今、面倒くさくて、みんなやっていないが、「1234567」という数字に、たくさんの謂(いわれ)があります。
 例えば、春節には、街のお店が殆ど休む。新年が明けて店を再開する時、みんな5日を避ける。5日に店を開けると、この一年間、儲けられないといわれているから。それに対し、6日や7日が人気。「6=順(調)」、「7=上(昇)」だからです。
 時間の決まりだけでなく、言葉や行動にもいろいろな決まりがあります。例えば、新年にお皿やコップなどを壊してしまったら、「歳歳平安」と言わなければならない。中国語では「歳」と「砕ける」の「砕」と発音が同じで、こう言うと元々良くない兆しがいい縁起になると言われています。

<爆竹の重要さ>
 春節の時の爆竹の重要さは、私も今年になって初めてわかった。
 除夜の晩餐が始まる前に、爆竹で食事の始まりを宣告する。大晦日夜11時半頃になると、外から爆竹の音が聞こえてくる。零時に近づけば近づくほど、その音が大きくなり、零時ごろに最大値になる。それは夜空を響かせ、天地がひっくり返るような音。その音以外何も聞こえなくなる。この騒ぎは12時半頃まで続く。
 年始回りの時も、客1組が訪れると、爆竹1本を鳴らして歓迎します。客が帰る時も、爆竹で見送りをします。
 新年にお店が再開する時も、最初に爆竹でみんなに知らせ、新年に運が向いてくることを祈る。
 爆竹と同じように、花火も一つの伝統行事。夜になると、子供が花火を楽しむ姿が、春節の伝統的なシーンです。日本の花火と違って、中国の花火は多彩で豊かな生活を意味するもので、中国人の希望や新年への期待が寄せられています。
イメージ 2 1日の午前零時半、爆竹の音がようやく静まってきた頃、H君と私が外に散歩に出かけた。地面は爆竹を包む赤い紙だらけで、耳にはまだ爆竹の音がしてくる。私はH君に言った。
 「中国の春節はうるさいね。日本の新年とぜんぜん違って。ごめんね。」
 しかし彼はこう答えた。
 「最初にうるさいと思ったけど、この天地がひっくり返るような爆竹の音を聞いて、みんなの喜ぶ様子を見て、どうして中国人が春節にならないと新年の感じがしないか、わかったような気がする。この気迫に比べて、日本の新年が静か過ぎるかもしれないね。」
 各民族によって新年の祝い方が違う。中国の祝い方では、爆竹が一番重要な位置を占めているかもしれない。

<春節を守る?>
 今、民俗学界では、「春節を守るべき」という声があります。春節は西洋化している、昔の風習が失われている、春節の真意がなくなっている。だから、春節を守らなければならない、という説である。
 確かに、今の春節は昔と比べて、簡単になっている。でも、変化というものも重要ではないでしょうか。
 守るべきものは、春節の形ではなく、その裏にあるもの――団欒、家族、一つの民族としての共同精神と、私は思う。
 そして、どんなに変わっても、春節は春節ということに変わりはない。春節の思い出も、世代から世代へ、ずっと伝わるでしょう。(原稿は2月5日着)


※劉纉さんは湖南省出身。現在、清華大学日本語学科の3年生(21歳)。2004年10月から1年間岩手大学教育学部に交換留学。2005年10月に清華大学日本語学科に戻りました。「日中の相互理解のためになりたい」が希望なだけに、日本語の文章も、お読みになってお分かりのように抜群です。写真もすべて劉さん撮影です。若い中国の大学生の目線による「中国レポート」をシリーズで送ってもらうことになりました。


過去の記事を読む
第1回 『春節風景』

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