ブナの北限を行く
北海道の天気予報にいよいよ雪だるまがお目見えしました。
雪が里にまで下りてきました。
天気予報ではこの時期、西日本ではまだ25度を越しているようです。
日本列島がいかに長いかを実感します。
黒松内低地帯
この日本列島の山々を覆う木にブナがあります。
温帯の代表的な木で春の若葉、秋の黄葉はとくに見事です。
ブナの原生林が残っている秋田・青森県境の白神山地は世界自然遺産の指定を受けています。
本州から北上したこのブナ林が突然途切れるところがあります。
北海道の 黒松内低地帯 といわれるところです。
ちょうど渡島半島の付け根の部分です。
これより北にはブナ林はありません。
その北限の地を先日初めて訪れました。
札幌から車で3時間、黒松内町の歌才(うたさい)に着きました。
ちょっと変わった地名です。
名前からして才能のある有名な歌手の出身地かな?
細川たかしは近隣の真狩村(まっかり)だし、
北島三郎は同じ渡島半島でも先端の函館に近い知内町(しりうち)だし…??
地元の人に尋ねました。
アイヌ語でオタセイ、貝殻のある沢という意味で、転訛して
ウタサイになり、歌才という漢字があてられたそうです。
この一帯には砂岩がむき出しになっている岩があって貝の化石などが採取され、大昔海の底であったことを示しています。(写真:ブナ林の入り口)
北の椰子の木
この歌才地区に見事なブナ林がありました。 歌才ブナ林 といわれています。
大正時代この地を訪れた天然記念物調査委員の林学博士は 「周囲が開墾し尽くされている中で、このようなブナの原生林が残っているのは奇蹟、北のヤシの木のようだ」と讃え、天然記念物に指定されました。
以降、大切に保護され、こうして見事な黄葉を鑑賞できるのかなと思ったら、そう簡単でもありませんでした。
天然記念物とはいえ、歌才ブナ林に何度か危機があったそうです。
太平洋戦争末期、資源が枯渇した軍部は戦闘機のプロペラ材として、歌才のブナを伐採しようとしました。
北海道大学の林学教授が猛烈に反対し、自ら軍部に出向いて説得して難を逃れました。
戦後まもなく町の財政事情から天然記念物を解除し、伐採して財源の足しにしようとする動きがありました。歌才ブナ林の学術的価値を知る学者や地元住民の熱心な反対運動で危機を免れました。
現在のような自然保護の意識が浸透していなかった昭和20年代の出来事で、特記すべきことといえます。
こうした勇気ある人たちのおかげで、今日まで原生的な姿が守られているんですね。
植物のブラキストン線
日本列島を覆っているブナ林がなぜ黒松内低地帯で途切れてしまうのでしょう。
この興味ある命題に日本の植物学者が現地に入っては自説を展開しました。
● もっと北にまであったブナ林が山火事によって後退した(山火事説)
● 羊蹄山火山群の噴火がブナの北上を阻害した(火山阻害説)
● 黒松内の北は乾燥しており水を好むブナの進入を抑えている(降水量制約説)
● 大陸寒気団の影響を強く受けている地域だから(気候特性反映説)
● 気候だけでは説明できない。自然の種子散布により北限にまで到達した(種子分布歴史的沿革説)
● 樹木が互いにすみ分けているのではないか(ニッチ境界説)
などなど諸説紛々で、いずれも一長一短がありいまだにこれぞ真相といえるものはないそうです。
ブラキストン線 というのを高校時代、生物で学びました。
日本列島の生物は津軽海峡を境にがらりと変わるということを発見したイギリスの商人で、鳥類研究家のブラキストンにちなんでつけられた名前です。
確かに動物では津軽海峡ですが、植物ではむしろ黒松内低地帯がブラキストン線ではないかと指摘する学者もいます。
その大きな根拠がブナです。
本州で見られる温帯の落葉広葉樹林(ブナ帯)は黒松内低地帯で終わり、それより北は針葉樹と広葉樹が入り混じった、北海道特有の亜寒帯の針広混交林が広がっています。
なんとなくうなづける植物のブラキストン線です。
写真は黒松内低地帯を覆うブナを中心とした木々の黄葉です。
「橅」と「樻」
ブナの木は漢字で木へんに無し 「橅」 と書きます。
つまりブナは木でないという意味です。
ブナは材質的には劣り、せいぜい焚き木材くらいしかならないということで、この字が使われています。
ブナに対する軽蔑した考えに怒った人がでてきました。
黒松内町長です。
ブナの北限を売りに地域おこしをしようとしている黒松内町にとって、ブナは役にたたないとはとんでもないというわけです。
黒松内ではブナは木へんに貴い 「樻」 という字が使われています。
黒松内産の焼酎は「 樻 しずく」であり、お酒は「 樻 のせせらぎ」です。
樹木の女王
滑らかな樹皮に苔生した跡、卵形で波打った葉の縁、これがブナの特徴です。
このブナ林を歩きますとブナがとても女性的な木であり、大木は子供をいとおしむ母のように思えます。
そのせいかブナ林を歩きますと、とても気持ちが安らかになります。
まさに森が語り、森が詩うという気持ちです。
ブナはミズナラやカシワと同じ仲間です。
実はドングリで帽子のような殻斗をつけます。
日本の野山からブナが消えたらクマやタヌキ・リスなどの動物は絶滅の危機に陥るでしょう。
ブナは人間だけでなく、野生動物にとっても大切な木です。
歌才を訪れたときはちょうど葉が黄色から黄金色にかわる時期でした。
黄葉もすばらしいですが、萌えるような若草色の春が大好きだという人がとても多いです。
今度はぜひ6月の春に訪れようと思いました。 (望田 武司=寄稿)
望田 武司(もちだ・たけし)1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。
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