ブログ版ききみみずきん

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yahoo ブログの引越先を思案しているうちに、記事の編集ができるのは8月までと知って慌てています。
私の場合、記事と同じくらいコメントが大事なのですが、コメントが移行できるのは fc ブログだけでしょうか?
https://fc2blogstaff.blog.fc2.com/blog-entry-81.html

私の場合、コメントが一番多いのはたぶん「科学者が放射能騒動に関わらなかった理由」の 207 件ですが、これが全部移せる先を探しています。
https://blogs.yahoo.co.jp/bloom_komichi/66459413.html

yahoo ブログのお仲間の皆さんはどちらに引っ越したのかも教えて戴けると有り難いです。

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認知行動療法のグループカウンセリングを受けて、生き方を再構築しなければ・・と思った話の続きです。
感じ方・考え方とそれに伴う行動を修正する必要であるところまでは分かったものの、グループカウンセリングでは望ましい形までは考えが固まらず、少しマシになった睡眠の乱れや腰痛や下痢もカウンセリング終了後にまた悪化し始めたので、5月から個人カウンセリングを受け始めたところです。

正確に言えば、カウンセラーと面談をしてこれまでの症状や受けた治療や今困っているところまで伝えて、カウンセリングが可能かどのような手法が好ましいのか検討してもらっているところですが、その過程で自分の「正しい事をしたい」「本当の事を知りたい」というこだわりが見えてきて、それが自分を苦しめるとともに生きる支えになっているようにも感じています。

理屈に頼るしかない生き方

私は物心ついた頃に難聴になった事をきっかけに親との関係が悪いままで、愛情に包まれる感覚は祖父から少し受けただけです(その少しが大事だったのですが)。
https://blogs.yahoo.co.jp/bloom_komichi/36953764.html

私は親の批判から心を守るために彼等の矛盾を探る事に頭を使っていた記憶があります。
その反面「親は自分のためを思って批判しているのでは?」という期待も持っていて、それを肯定する理屈も一生懸命考えていました。

自分が親になってやはり自分は愛されていなかったという結論に至りましたが、彼等の死期も近づいているし、十分に親孝行もしたので、淡々と付き合おうと今は考えています。
ただ、身近に目標とする大人がいなかったため、私は「正しい事をする人になりたい」「正しい事は何か?」と今も色々な場面で考えている事がカウンセリングで見えてきました(みんな同じように考えていると思っていたのに、自分のこだわりが強い事に初めて気付いた)。
それに連動して「本当の事は何か?」と深掘りする思考回路になっているようで、それは「本当は愛されているのか知りたい」という子供時代の苦しみに派生しているのかも知れません。
そもそも周囲の言い分を聞いていたら、最初の夫に「親になっても夢を見るのは頭がおかしい」とか双方の実家に「地獄に落ちる」「母親失格」などと言われた時に研究を諦める事になったので、「それは正しい攻撃か?」と考え続ける必要がありました。
職場で退職圧力を受け続けていた時も「本当に自分が辞めるのが大学のためか?」と考え続けていました。

研究は全て応えてくれる

過労で倒れても鬱病になっても研究に執着するのは、科学的に正しい道筋で真理を探究する事が、社会に受け入れられる方法であり、自分の倫理感を満たすからなのでしょうね。

カウンセラーにも「研究は私の努力や苦しみなど全く汲まないし、私が正しい事をすれば応えてくれる、その究極の客観性が大好きだ」と話しました。
そして運の良い事に自分の頭脳と直感はかなり研究向きなので、何とか結果を出してきたつもりです。

信念の通りに行動できない苦しみ

しかし最初の職場(企業)でも、退職してから入学した大学院でも、2回のポスドクでも「お情けで入れてやった」と言われ続け、今の職場も「公募を流すとまずいからとりあえず採用しただけ、誰も歓迎していない」と言われた事は、未だにわだかまりになっています。
研究ではデータが全てなので、自分が期待した結果も受け入れなくてはいけません。
ですから私に出て行けという教員が複数いる”事実”は認めるべきです。
ただ、その理由や改善方法が分からないので「本当の事を知りたい」と苦しくなります。
私を攻撃する言葉が「女のくせに」だけなら性差別だけだと分かるのですが、「生意気」「職場の雰囲気を悪くしている」「研究の能力が無い」などの罵詈雑言は自分の人間性や能力に原因があるのだろうか・・と気に病んでいます。
特にここ数年は鬱病の影響でデータは何とか出し続けても論文にまとめる気力が湧かず、業績の停滞を攻撃されるのが辛かったし、自分も正しい行動(職務の遂行)ができていない事も辛かったです。
2015年頃は別の原因もあって(気持ちの整理ができたら書きます)自責の念が強く、「死ぬしかない、死ぬ事こそが正しい」といった変な声が聞こえてきて危ないところでした。

正しい事をして、本当の事を知るために研究を続ける

薬とカウンセリングに救われた今は、自分は本当に大学教員にふさわしい人間なのか、論文を書いて確認しようという気持ちに傾いています。
そして論文が何本か出せて自信がついたら、自分が職場で受けた仕打ちを公開してこれは正当なことなのか?と世の中に問うてみたいという気持ちも少し湧いています。業績が増え続けたらそんな事はどうでも良くなるのかも知りたいです。

*この記事は1年以上放置していて、2019年の8月に公開しています。あれから論文1本は出しましたが、まだまだ足りないですね。
*その後、1ヶ月に1回のペースで「スキーマ療法」というカウンセリングを受けていて、少し考えがまとまるようになってきました。

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年末から鬱病の治療のためにカウンセリングを受け始めているのですが、今まで意識していなかった事について考えたり、動かした事の無かった感情に触れたりするので、生き方の再構築をしているのかも知れないと考えています。

やり方を変えるしかない

私はそもそも自分が鬱病だとは思っていませんでした。
2006年に初めて心療内科を受診し医師が鬱病の可能性を指摘した時に「鬱病は悲しい事も無いのに気持ちが沈んだままなのであって、自分は職場で辛い立場にあって辛いと思っているだけ」と反論して、「じゃあ躁鬱病」と怒られてから特に相性の良い医師も見つからず、苦しくなったら睡眠薬をもらいに行く・・という形で頑張ってきました。
https://blogs.yahoo.co.jp/bloom_komichi/44138645.html
(心療内科2回目で躁病と言われる)

しかし2013年に学生対応で胃潰瘍になるほど苦しんで心療内科に行った時に、話しやすい医師に担当が代わっていて、色々な相談ができるようになっていました。
2014年から職場でかなり辛い事が続いて2015年に希死念慮が出た時に抗鬱剤を処方されて理性を取り戻し、医師の話が理解できる状態になったところで「躁鬱病は誤診」「長期間の微笑み鬱でかなり危険な状況」と言われなかったら「気付いたら死んでいた」という事態になっていたかも知れません。
しかし意欲や集中力の低下は続いたままで、2017年からは薬の種類と量を増やして平常心を保っています。不眠も続いていて睡眠薬が止められず、2〜3月も入試業務で同僚と顔を合わせる機会が増えたら緊張感から激しい腰痛になり、今も長時間座ることができません。

新年の挨拶に「命を削ってでも研究ができる環境は守りたいし、研究のために治療を受け、出来る限りの努力をするつもりです」とは書きましたが、命が削れる方が先だったか・・と愕然としたのが2017年の手術でした。
心療内科の医師に「これまでの体調不良も鬱が身体的に出ていた可能性が高い」「下痢などの炎症が続くと癌が出やすくなるなど、本当の病気が発生する事もあるので、じっくり治療をしましょう」と言われていたので、間に合わず癌になったのか・・と絶望しかかった事で、鬱病カミングアウトやカウンセリングに踏み切れる事が出来ました。
https://blogs.yahoo.co.jp/bloom_komichi/65724533.html
(半病人の記録)

自分のネガティブな心と付き合う

カウンセリングはリラックスするための呼吸法の練習、鬱病に関するグループ学習、個人面談などいくつかの活動から構成されています。
詳細はもう少し元気が出てきたらブログ記事で紹介しようと考えていますが、全体には「ネガティブな心との付き合い方」が主要なテーマのようです(勉強途中なので十分に理解していません)。
特に私の場合は自分の苦しみ・悲しみを認め自分を労る事が課題だとカウンセラーに言われていて、最初は意味が良く分からなかったのですが、何回目かのカウンセリングで呼吸困難になるほど号泣して自分の恐怖心や絶望感の強さを自覚しました。その晩は良く眠れた事にも驚き、ネガティブな気持ちを何らかの形で処理する必要があると考えるようになりました。

医師に「自分の気持ちが自分で分からない事などあるのでしょうか」と聞いたら、「無意識にいつもの道を歩いて帰れるという事は、脳には無意識の領域がたくさんあるのですよ」と言われて脳科学的には面白いと思いました。
今まで色々な職場を経験していて、友達も結構多い方なので、自分なりに考えて生きてきたつもりだったのですが、たまには専門家の力を借りるのも良いかも知れません。

他人のネガティブな心と付き合う

私が自分の気持ちをどう扱うべきなのかはまだはっきりしていないのですが、カウンセリングの過程で「自分の心に無頓着なために他人にも鈍感になっているのかも知れない」と思い至るようにはなりました。
私は学生からの相談を受ける事も多いのですが、その時に「どうしたら問題が解決するのか」という意識で対応してきました。
自分も職場で嫌がらせを受けても「泣いても救われない、それより出来る事を考えよう」と割り切るように努力してきたからです。

でもカウンセラーに「本当は泣きたくなるくらい、同僚と良い関係を作りたかったのですよね」と言われた時に涙がこぼれるとともに少し温かい気持ちになって、自分は学生にそのような言葉はかけていなかったな・・と反省しました。
大学における私の職務はカウンセリングではないので、この先も解決策だけを考えるべきかも知れません。しかし自分が学生の心に寄り添っていないという自覚だけは必要だと今は考えています。
私が硬直した生き方を続けると、3人娘も自分を許せない人になってしまうかも知れない・・という懸念もあるので、しばらくカウンセリングは受け続けようと考えています。

生き方はいつからでも作り直せる

私が会社員を辞めて大学院に進学した20代の頃「男でも学位を取るにはもう遅い、女だからのたれ死ぬ」と会社の男性達にからかわれて「自分の人生はいつからも作り直せるしいつまでも作り続けられる」と反論しましたが、それを娘達に伝えるためにも私は前に進み続ける必要があります。
いや、立ち止まったり休んだりするような生き方の再構築が必要なんですよね。
でも、やっぱり前に進んでいるような気もします。

追記:この記事は2ヶ月ほど寝かせて見苦しい部分を削って「再構築」しました。腰痛は4月にやっとおさまってきて、5月は普通に仕事ができるようになっています。

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10月〜12月の挨拶もできないまま2018年になり、心配をしている人も多いかな・・と思ってこの記事を書いています。

年末年始もほとんど出勤で、1月最初の週末も研究会で発表したので、年賀状は仕事関係だけやっと出したところです。
服薬とカウンセリングの相乗効果でとりあえず仕事は出来るていますが、人前では明るく振る舞う微笑み鬱なので、他人からは大体同じに見えるかも知れません。

鬱病カミングアウト

ただ、今年の年賀状では 2015 年から鬱病の治療を受けている事を初めて書きました。
希死念慮で病院に行く前から人と交わる気力が減少していて、仕事関係も昔ほど積極的に話が出来ないし、プライベートでも交流が切れている人が多いので、伝えないと失礼になるからです。
昔はすぐ元に戻ると思っていたのですが、心療内科の主治医や12月からお世話になっているカウンセラーから「鬱状態が着任直後から始まっているので治療に時間がかかる」と説明を受けて覚悟を決めました。

微笑み鬱の病理を解明中

自分が家庭生活を普通に送り、会議や学生指導を普通にこなし、家族や学生に対する愛着も持ちながら、数年前から人と過ごす時間が苦痛だった事、しかし1人になると泣いていた事、自分のふがいなさに眠れなかった事、「死ななければならない」という言葉が頭の中から消えなかった事から、自分が微笑み鬱である事は理解しました。
しかし自分が変わった鬱病になった理由は分からず、不安感の正体も分からず、何とか打開しようとカウンセリングを受け始め、自分の心が壊れた過程が少し分かって来ました。
1)着任直後から職場環境が劣悪過ぎた
2)私は絶望感から悲しみを直視せず、これ以上の攻撃を受けないために恐怖や怒りに蓋をするようになった
3)人間は一部の感情だけを抑制すると心全体が死んでいく
4)心が死ぬと無意識に肉体的な死を願うので、発作的に自殺した可能性はあった
ここまでが少し理解できたところですが(3のメカニズムは不明ですが、実際に死にたくなったので正しい事は分かります)、病理が分かれば自分を救う道も見つかると希望を持てるようにはなりました。

微笑み鬱で良かったのかも知れない

治療の過程で主治医には「本来なら休職するべきだった」と言われて「私は研究から離れたら死にます」「そもそも研究をまともにやりたい一心で治療を受けているんです」と反論した時があったのですが、それをきっかけに「微笑み鬱で良かったのかも」という気持ちが湧いてきたのも、良い方に作用しているように思います。
私が休職をしたら、私を攻撃していた人々はその機会に乗じて学生を引き離し、研究室も奪われたかも知れません。
私が私自身を「まだ大丈夫」と騙していたので、学生達も不安を感じずに研究に取り組み、順調にデータを出してくれました。
私から研究を奪おうとする人々と戦うためにデータは必須なので、どうせ鬱になるなら微笑み鬱で良かったのです。
ただ、ここ数年は論文を書ける状態では無くなったので、生き方を変えなければならない事は確かです。

研究のために苦しみ、研究に生かされる

私の研究への情熱は、私を苦しめるとともに私の生きる支えになっています。
最初の結婚が破綻した理由は私が会社を辞めてアカデミック研究者を目指したためで、当時は双方の実家から「地獄に落ちる」「死んで詫びろ」と罵られました。
最初の夫の愛情を失い、娘1号に辛い思いをさせて選んだ研究生活なのに、ポスドク先でも今の職場でも歓迎されず、私は会社員時代から社会に受け入れられないまま人生が終わるのかも知れません。

でも研究に出会わなかったら私は自分を尊重できず、自分をバカにする男と結婚をしたり、自分に寄生していた教授のような人から離れる勇気も出ず、ウッカリ鬱病になったらセルフネグレクトのまま腐乱死体になっていたかも知れません。
研究に真摯に向き合っている限りは、学生達と喜びを分かち合う事も、共同研究者と心からの議論をする事も出来るし、今の職場にも理解者はいると思っています。

ですから私は命を削ってでも研究ができる環境は守りたいし、研究のために治療を受け、出来る限りの努力をするつもりです。
今は治療で精一杯で、ブログも放置気味ですが、ブログで生き生きと研究の魅力を伝えられる人になりたいと思っていますので、今後とも宜しくお願い致します。

*明日が実質の正月明けので職場に行くのが怖いのか(今も自分の気持ちがリアルタイムでは把握出来ません)なかなか眠れず、珍しく記事を一気に書きました。

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不眠の苦しみ

鬱に伴う午前中の集中力の低下や下痢はイフェクサーで改善されつつあるのですが、入院前から続いていて職場復帰直後から苦しんでいるのが不眠です。

平日はマイスリー・レンドルミン・ロプヒノールのどれかを飲んで何とか5時間くらい寝るようにしているのですが、週末は薬を我慢しています。
今週は金・土とも3時頃まで眠れず、娘達の部活のために7時には起きたので、一体自分はどうやって生きているのか分かりません。
頭の血管が切れたりしないか結構本気で心配です。

今日は台風で外出出来なかったので読まなくてはいけない専門書や読みたかった雑誌を見ながら筋トレや有酸素運動をして、これなら眠気が来るかも・・と思ったのですがダメで、マイスリーを30分くらい前に飲んでブログ記事を書いています。
明日は6時起きなので、何とか眠くなって欲しいです。

やはり職場に対する恐怖感とか、思い通りに進まない仕事に対する不安や焦燥感で、体が眠っている場合じゃない・・みたいな体制になっているようです。
入院していた頃や自宅療養中は寝るのが仕事復帰への道だと思っていたし、職場の人々も珍しく厳しい事は言わなかったので(双子妊娠の方が辛く当たられた←病気じゃないから?)、心安らかに眠れたんでしょうね。

何とか心を落ち着かせるために、認知療法とか、カウンセリングとか、色々調べているところです。

自分のために睡眠に関する最近の研究のリンクを貼っておきます。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140623/403964/

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