ブログ版ききみみずきん

引越後もお付き合いお願いします

アカハラとの戦い

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この書庫は「ロバ耳」という名前でファン限定でアカハラに関する相談していた記事でコメントも内緒で戴いていましたが、2019年8月のブログ引越時に公開に修正しました。

アカハラを知りながら私に退職圧力をかけ続けた教授達と、問題教授の退官時の最後の攻撃が私の鬱病の原因ですが、あと何本か論文を出したら経緯を公開したいと考えています。
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トラウマふたたび

ディープフリーザーが入ったので、いくつかのラボに分散して置いてもらっていたサンプルを回収中です。
昨日は以前仕えていた教授のラボに行きました。

最後には引きこもり気味だった教授も私が出て行ってからずいぶん元気になり、去年からは立ち話くらいは出来るようになりました。
フリーザーの件でお礼を言ってから、ふと思いついて、先週出られなかった会議の様子を聞きました。

教授「別に何も決まってないですから」
私「いや、会議の後で○○先生から・・については格段の配慮をするように、という短いメールが全員に来ていましたよね。その件について話し合ったのではないですか?」
教授「だから、前回の会議の結果と何も変わっていないんだよ」
私「えぇと・・つまり、みんなでもう一度話し合ったけれど、結論がまだ出ないと・・?」
教授(私の発言をさえぎって)「もういいです!だから決まっていないって言ったでしょ!!」

2年前と全く変わってない様子にガックリ。
私から質問や反論をされると、イライラして発言を途中で止めさせるのです。
でも今は学生にはニコニコ接しているようです。

こんな時、独立を切り出した時の教授の捨てセリフを思い出してドンヨリします。
「あなたのせいでボクは本来の力が出せなかったので、いなくなってくれた方が良い」

教授と研究室を運営していて辛かったことは、何でも自分のせいにされたことです。
「助手に能力が無いからストレスがたまる」と学生を怒鳴り、学生への迷惑行為を制止すると「学生は嫌がっていないのに、助手が陥れようとしている」と怒り、ディスカッションでキレて「論文を書く気が失せた」と放り投げていました(2年前に私が無理に手伝って8年ぶりの論文を出したきり、未だに何も出ていません・・共著が増えず泣きたい気分)。

冷静に考えれば「助手に潰される教授ってどうよ?」ですが、研究室を盛り上げたい大学に貢献したいと思って着任した私にはかなりキツい言葉だったし、久しぶりに当時の圧迫感のようなものを思い出しました。
去年は体調不良の末に不眠でカウンセリングを受けて、この件がトラウマになっていたことは自覚しました。
カウンセリングは自分の気持ちを整理する上では有意義だったし、教授の攻撃の背景についても少し理解出来たのででいつか記事にしたいのですが、すっきりした文章にまとめるほど心はすっきりしていません。

でも仕事は仕事ですもん、またサンプル回収に行ってきます。

私が教授と研究室を分けた時に連れて行った修士の学生さんは、今でも教授が指導教官です。
仕事セミナーの資料も持参させるし、進捗状況を私が直接説明に行くこともあります。
もちろん今回の修士論文も教授に添削してもらいました。

教授は学生の実験指導をしたり学生の文章を直したりする「先生っぽい仕事」が好きなので、嬉しそうに赤ペンを入れていました。
その作業には感謝しつつ、学生を日々叱咤し実験を手伝ってきた者としては「出来上がったものを見るだけなんだから気楽でいいよね」という気持ちが湧いてしまいます。

先日、事務的な問題から事務職員さんに独立の事情について少し話さなくてはいけないことになったのですが、「えぇ?修士の学生の分の研究費、もらっていないんですか?!」と驚かれました。
そう言われるまではあまり異常なことだとは思っていなかったんですよね。なぜなら一緒に研究室を運営していた頃から、私と私のテーマについた学生さんの研究費は全部私が出していたので。

小さな助成をコツコツ当てていた私の研究費は年100万以上はあったので、研究費が全く当たっていない教授の研究費と私が同じくらいだったんです。
だから自分の分は出してね、と言われて教授が研究費が当たるまではしょうがないと思っていたらずっと当たらない・・というか教授は申請さえしていなかったです。

そのうち研究室のパソコンソフトや文房具も私が全員分を買うようになり(直接買うように言われた訳じゃないんですが、何度頼んでも買ってくれないので自然とそうなりました)、一冊1000円くらいする4穴ファイル数十冊は返して欲しいと思ったりします。

本当にお金が無いならしょうがなかったんですけど、独立してから元の研究室に行く度に妙にきれいになっていて、新しい学生が「教授はおねだりしたら文房具でもインテリアでも何でも買ってくれる」と言っていました。自分の給料で観葉植物や金魚まで買って、最近は研究費も自分の給料から出しているそうです。
そんなお金があったなら、私の研究費は使わないで欲しかったなぁ・・

まぁ、それより私は教授の名前を入れた論文を何本か出したんですが、教授が書いたのは8年ぶりに書いた1本だけ(それも私が手伝った)というのが一番返して欲しいものではあります。次もまた8年後なのだろうか・・と思うと暗くなります。

「口を出すなら金も(論文も)出して欲しかったよね」という気持ちを抱えながら、「添削は素直に有り難いと思わなきゃ」と気持ちを切り替えようとしているところです。

*ファン限定の記事でも、コメントはファン以外でも読めるとの指摘があり、記事に移動しました。
すいません、シンポジウムのため、ご無沙汰しておりました。今日も挑戦してきましたよ。シンポ後『あんなに挑戦的で面白いプレゼンは、初めてだった』との声を多数頂きました。感謝ですが、一方で目指す先のスティーブン・ジョブスのプレゼン後に、一般人が『スティーブ!』と連呼し、涙を浮かべる・・・というレベルには至らず、今、まさに悔し涙を流しています。 
2006/11/29(水) 午前 0:38  [ seiohken ]
僕の研究者人生の大半は、悔し涙の歴史です。思えば、学部の研究室で、ポスドクに研究サンプルを捨てられ、それを抗議すると教室をクビ。医学部研究室に移ったら、修士2年になるころに学費が払えず、民間へ(会社に借金して、修士は続けました。その借金は完済)。民間で研究しようとすると、共同研究先の貸しラボには場所がない。倉庫を院生と片付けての出発でした。・・・と思ったら、その倉庫をいきなり教授が解剖室にすると宣言。こっそりと、どれだけ泣いたのか分かりません。
2006/11/29(水) 午前 0:44  [ seiohken ]
たぶん、bloomさんは『何か』を成し遂げる人、なんじゃないですかね。僕も、手前味噌ながら、久光製薬(あ!言っちゃった)グループの古臭いしきたり、理不尽な縛りを真っ向から批判し、(そのためにリストラの憂き目にあいましたが)その後、前職の職場環境は改善したようです。「ああ、あんなに苦労したケド、少しは甲斐があったな〜」と。bloomさんの今の悩みや苦しみは、やはり『何か』を成し遂げる前の、”ほんの少しの間の”嵐だと思ってやみません。
2006/11/29(水) 午前 0:48  [ seiohken ]
生応研さん、忙しい合間にコメント有り難うございます。学費も含め、大変な苦労をされたんですね。悔し涙を流したことを振り返る時、どんな気持ちになりますか?例えば会社の批判は一定の成果が帰ってきたと思いますが、中には解決出来ずに去ったような事例もあったと思います。私は今まで辛いことも大抵解決してきたので(博士の指導教官に邪魔者扱いされていたけど今は頼りにしてもらっているとか、最初のポスドクで無能と罵られながら実験系を立ち上げて出て行くときには引き留められたとか)、失敗したまま置いてきた大きな問題は、これが初めてです(小さいのはたくさんありますよ)。それが今でも自分の環境を悪くしているので、時々クヨクヨと考えてしまいます。
2006/11/29(水) 午前 10:43  [ bloom_komichi ]
身の上話を読んでいてココロが痛くなりました。大学の教員は簡単に辞めさせるってことできないのでしょうか?なぜこのヒトが大学の教授なのってヒトはワタシの学生時代にもいらっしゃいました。学生の面倒はろくに見ないわ、研究室からは尺八の音は聞こえるわ、他人を中傷するビラをばらまくわ・・数知れず迷惑をかける教授をいつまでも雇用してるなんてって思っていました。それでも昔は勉強ができて良いヒトだったのでしょうか・・もっと適任はいるはずなのに。それらの教授、幼稚園からやり直すことをお勧めしたいです!
2006/11/29(水) 午後 7:01  [ shizitiwa ]
昔は多くの人が勉強が出来る”世間知らずの”良い人だったと思います。ただ、辛いときにも良い人でいられるかは、社会性や仕事に対する情熱や信念によると周囲の例から実感しています。shizitiwa さんには色々嫌なことを思い出させたようですいません(尺八はすごい)。大学は学科長などは持ち回りなど直接の管理職がいないため、個々の教員の問題がどうしようもなくなってから露見することが多いです。しかし社会性が無いのにプライドだけは高いので、辞めさせたらホームレスにでもなりかねないのです。 
2006/11/29(水) 午後 11:54  [ bloom_komichi ]
実際、今回の問題を学部長に伝えたところ「懲戒免職だ!」と激怒され、「大学教官以外何も出来ない人なので、勘弁してください」と命乞いをして「アンタはどっちの味方なんだ?」とさらに怒られてしまいました。「でも家族も友達もいないので、プライドとステータスを失ったら自殺します」と食い下がって、注意だけで済ませて戴きましたが、ご本人はそんな事情は全く知らないので、ひどい目に遭ったと思っているようです(そもそもアカハラの自覚もない)。時々「私の金をすり減った人生を返せ!」と胸ぐらをつかみたい心境になりますが、私が良き管理職となるためには、個人的な確執は越えて制度的な問題や出来るはずだった対策を考えるべきだと思うようにしています。
2006/11/30(木) 午前 0:05  [ bloom_komichi ]
返事遅くなりました。僕の場合は事態が改善したものが、極端に少ないので、ほとんどが「解決に至らなかった事例」です(^^;)その度に、素直に泣いて、次のプロジェクトに移りました。ただ、移るときにはその前と同じレベルの仕事では相手も納得しないので(自分自身も)、さらにハードルを上げて臨みます。
2006/11/30(木) 午後 2:53  [ seiohken ]
「素直に泣く」と書くと、鹿児島では特に、女々しいとか言われますが、「泣く」という感情を常に出せてないと、プレゼンなどの際に「士気を高揚させる」という感情が湧かなくなってくると思ってますので、素直に泣きます。また、その時々のパートナーにも泣き顔見せてます(^^;)多分、ヒトの『感情』ってシーソーの両端のような感じなんでしょうね。だから、ヒトを感動させるスキルは、その反対の感情を上手く出せてないと使えない・・・教授に苦労させられた分だけ、学生さんに良きアドバイスが出来ているんだと思いますよ(^^) 
2006/11/30(木) 午後 2:55  [ seiohken ]
なるほど、ハードルを上げることで生応研さんは自分の気持ちに整理をつけている訳ですね。私もそのやり方なら出来そうです。マイナスの感情を吐き出す必要性は今日のカウンセリングでも言われたので、生応研さんのやり方は正しいと思いますよ。他人を感動させたり励ましたりする力になると思えば、嫌な思い出も少しは救われますね。色々と前向きな示唆を戴き、有り難うございます。
2006/12/1(金) 午前 0:45  [ bloom_komichi ] 
*ファン限定の記事でも、コメントはファン以外でも読めるとの指摘があり、記事に移動しました。
私も大学から大学院を通じて教授のパワハラにあいましたが、今にして思えば、大学の研究室の運営は「あたりはずれ」というのが結論です。解決するには個人では絶対駄目ですが、そういう組織は無いです。退学までした学生もいるなら自治会で話題にしても良いかもしれませんが、どれだけ共感がえられるのか、解決の手順はどうなのかということまで、あの年代で具体的な戦略を組めるとは思えません。助手はもっと難しい立場にいますよね。
2006/11/27(月) 午前 8:02  mathhiko
色々もがきましたが、私は結局うまくいきませんでした。良いとか悪いとかはわかりませんが、Bloomさんは本当によく頑張っていると思います。身近にサポートしていただける権力者がいると楽ですがねえ(ずるい考えかなあ)。 
2006/11/27(月) 午前 10:50  mathhiko
自分個人がどうすれば良かったのか?という点に関しては未だに分かりません。教授にまっとうに仕事をさせようとさんざん頑張ったのに、自分がいなくなったら落ち着いた(仕事は相変わらずダメですが)というのは、結構ショックでした。mathniko さんは学生だったので、本当に苦労されたと思います。助手の方が難しいと書かれていますが、干されても給料だけはもらえるし、私は教授に雇われた訳ではなく文部科学省に雇われているのだという意識(公募だったので特にこの意識は強かった)が、教授の意向より学生のために動くべきだと気持ちにつながっていました。しかし学生は学位がかかっていますから、とても強い態度には出られません。うちでも多くの学生が「在学中は面倒を起こさないで欲しい」「卒業したら証言するから」と言っていました。実際、何人かが証言すると表明したことで私の言い分が信じてもらえたのですが、今いる学生に配慮するために厳しい処分は見送られました。
2006/11/27(月) 午後 0:45  [ bloom_komichi ]
学生に対する教育サービスという点で、研究室の当たり外れはないようにすべきだと思います。例えば研究スペースや学生の居室スペースを共有し、密室化を避けるべきでしょう。業績の出ない研究室には何らかのコンサルティングが必要だと思います。また、教官も若いうちから自分の指導について内省したり、外部の支援を受ける態度を身につけるような教育が必要だと考えています。大学教官には人材育成という視点がほとんどありません。昔は教授の意に沿う人間が、今は業績のある人間が採用されるのですが、どうやって仕事をすべきか誰も教えないのは、企業で研修を受けていた自分としては驚きです。教授がおかしくなったのも、自分の能力で対応出来ない責任を負ったものの、対処方法が分からなくてパニックになった可能性を思っています。
2006/11/27(月) 午後 0:52  [ bloom_komichi ]
私見です。まず精神的に病んだ(この教授は明らかに病んでますよね?)人を、普通の人が対処するのは無理です。だから専門である精神科医が存在してお金になるわけですよね。研究室というものは私には残念ながらわかりません。3つの文章を読んで、もっともすごいのは、その10年間を切り抜け生き抜いてきたBloomさんそのものだと思います。現在もまだきついのかもしれません、が、文章で見る過去10年に比べたら光が差し始めているように見えるのは私だけでしょうか? 
2006/11/27(月) 午後 11:32  [ hirochiki_bar ]
それから、この文章だけでの研究室というものの判断ですが、研究室を変える(教授もひっくるめて)には、根本から大学そのものの変革が必要と感じます。研究室が市場競争にオープンにならない限り、これは変えることはできないと思います(seiohkenさんはこれにあたるんだと思いますがどうでしょう?)。結果のないところに資金が止まらないこと自体ありえません、それはまさに「お役所」と一緒です。目が輝いて、生き生きとした「お役所のひと」を残念ながら私は見たことがありません。こんなのはアダムスミスに怒られます(笑) 
2006/11/27(月) 午後 11:37  [ hirochiki_bar ]
なんて、実はわからない分野なので、間違ったことかいてるかも?(笑)「苦労した人が必ず報われるとは限らない、だが、報われた人は皆苦労してきた」と(誰が言ったかは知りませんが)言うそうです。Bloomさんは晩年型なんです、きっと。Bloomさんのお子さんの記事を見て思いますよ、Bloomさんがこういう経験をしてるから、いい子に育ってるんだと。seiohkenさんのブログでも書きましたが「この瞬間瞬間を迎えるためについ1秒前から以前の経験は必要不可欠のものだった」といつも私は信じてます。(マジスレ、照れます、エヘっ。)
2006/11/27(月) 午後 11:46  [ hirochiki_bar ]
コメント有り難うございました。後悔していることの一つは、hirochiki さんのご指摘するような教授の異常さに気づくのに1年以上かかってしまったことです。誰でも数週間単位で機嫌が悪くなるくらいのことはあるだろうし、自分が原因かも知れない・・と思っているうちに自分が鬱状態&DV妻のような心境になってしまい、学生を守ることが出来ませんでした。教授が心の病気なのかは未だに分かりませんが、もう少し精神疾患に関する勉強はしておくべきだったとは思います。
2006/11/28(火) 午前 11:58  [ bloom_komichi ]
業界が違うので雰囲気を伝えるのは難しいですが、学生の立場は「管理職は社長と営業部長しかいない会社に入ったら、優しそうに見えた社長はひどい内弁慶で、配属はめちゃくちゃで、売り上げは営業部長が1人で出していた。しかし契約書のために1年は出られない。」みたいな状況でしょうか。我々の仕事は研究+教育なので、論文が出ない研究室にいきなり資金をストップするのは早計ですが、学生の満足度を含め、分析&対策は必要だと思います。しかし大学教官は評価に対する反発が強く、自己目標シートの導入だけで組合が大反対です。分析だけじゃ怒られるばっかりで嫌かも知れないけど、それが支援につながるなら教官にとっても良い話だと思うんですけどね。 
2006/11/28(火) 午後 0:09  [ bloom_komichi ]
報われた人は皆苦労してきた」「以前の経験は必要不可欠」の熱い言葉を教えて戴き、有り難うございます。言葉は人の心を動かしたり傷つけたり、すごい力がありますね。自分も学生さんが力を発揮出来るような言葉をかけたいです。これからも色々とアドバイスお願い致します。
2006/11/28(火) 午後 0:14  [ bloom_komichi ]

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某ブログ仲間より、ファン以外の方は記事を読めなくても、コメントは読めるため内容が推測されるとの指摘がありました。トップページからコメントをクリックすると「読み取り権限がありません」と出るものの「コメントを全て表示」にすると、コメントと記事のタイトルが分かるそうです。急遽コメントを別の記事として保存し、こちらの記事内のコメントを削除しましたのでご了承下さい。記事のセキュリティは投稿前に念入りにチェックしていましたが、コメントの方は配慮していなかったため、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。今後、この記事にコメントを入れる場合は「内緒」ボタンを押してください。せっかくの貴重なレスが皆さんに見えなくなって残念ですが宜しくお願い致します。(2006/12/01 16:00)
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2005年2月
独立の件を教授に伝えました。研究費も論文も実験指導も自分中心だったため、教授は落胆するかと思ったのですが「あなたのために力が発揮出来なかった。いなくなってくれる方が助かる。」と言われ、着任以来の努力がとても虚しく感じられました。

2005年3月〜
新しく卒研配属された学部生二人を教授の元に残し、院生2人と学部生1人を連れて建物を移動しました。
これまでの学生には新しい学生に教授の過去の行いを伝えないように口止めするとともに、学部長から教授に食事や車に誘うことを禁止してもらいました。
このためストーカー行為が出なかったため、学生は教授に好意的であり、教授も穏やかになりました。
しかし学科内の全教官宛のメーリングリストに私を学生実習から外すように要求したり、引き継ぎなどで研究室に行くと、学生の前でも怒鳴り出す場面がありました。「あなたのせいで、マイナスから研究室を立て直すことになった」と何度もなじられ、研究費を無駄遣いされ、研究室の立ち上げのために過労で度々倒れていた自分こそマイナスだと悔しく思いました。

2006年4月〜
ほとんど交流が無くなったためか、かなり落ち着いた状態です。ただし論文は書けず、学生と戯れていることを楽しんでいる状態です。学生が成長するにつれ、教授の指導をいぶかしく思う場面が少し出ているようです。

現在〜
今の私はたった1人の独立系助手として、難しい立場にいます。公募自体が大もめだったため(他の助手は公募ではない)、教授の問題とは関係なく、着任直後から実験スペースを配分されないなどの嫌がらせがありましたが、今は守ってくれる教授もいないので、度々出て行けと言われながら業績を盾に居座っている状態です。ただ、その業績も教授が全く論文を書かないために突出したレベルではなく、学生を持たないようにという圧力もかかり、危ない橋を渡りながら次のポジションを探している状態です。時々「なぜ自分だけがこんな目に遭うのか」と思う気持ちと「自分に落ち度があったからこうなったのか」と思う気持ちが湧きます。

独立を決めた頃は非常に不安で身の上話をしたいという気持ちはあったのですが、客観的ではなくなると考えて2年近く封印していました(もちろんK3の仲間など同業の気の置けない知人には相談していましたが)。この記事も中立さに欠ける可能性はあり、もしかすると削除してしまうかも知れません。その場合も皆さんのコメントはきちんと保存させて戴くので、上・中・下の3編にまとめた各時期に私が取ってきた行動に対して何か感じるところがあったら(特に「こうすれば良いかも」「ああすれば良かったかも」というアドバイスが助かります)宜しくお願い致します。

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