:::人間(ヒト)のトリガー:::

ブログ再開しようと思います!!どうも申し訳ございませんでした。。。

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さくら“落選”…良郎パパ痛恨のクラブ選択ミス
8月4日17時1分配信 夕刊フジ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070804-00000011-ykf-spo

以前、プロレスやりながら政治をやる議員を
批判したが、これはプロレスだけの話ではない。

今度はゴルフのキャディーやりながらの議員が誕生した。

政治家の領収書をどうこう言う前に、こういう
「やりながら議員」を排除する法律を作るべきだ。

こういう輩は身をもって「政治家など片手間でできる」と
言っているのも同然だ。

こんなヤツらに税金で何億も給料払っているのが何故、
批判されないのか理解できない。

公務員の副業を禁じて罰則まで設けていながら
副業で政治家がやれるのはおかしいだろう。

要するに、政治家というのは超フリーターなのだ。
試験も教科書も無い。
政治を理解している人間にしかできない職業だ。

理解してないヤツはヒマでしょうがないのだろう。

舛添氏が首相の続投批判、「自民党はショック死状態」とも
8月4日20時59分配信 読売新聞

自民党の舛添要一参院政審会長は4日のテレビ番組で、参院選での惨敗にもかかわらず安倍首相が続投を決めたことについて、「常識で言えば、これだけ負けたのだから、出処進退のあり方はきちんとすべきだ」と述べ、批判した。

その上で、「新しいリーダーを選んで立て直すエネルギーも元気もないほど、(自民党が)ショック死状態だということだ」と指摘した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070804-00000411-yom-pol


舛添要一の狙いは明らか。保身である。

身内の権力者を批判して無党派層の支持を取り付ける
やり方である。これは小泉前首相が確立した手法だが、
舛添要一のそれはスケールが遥かに小さいので見苦しい。

舛添要一は参院選での当選直後は一瞬、阿倍首相への
批判をトーンダウンさせた。
選挙後もマスコミ・有権者の首相への風当たりがキツいと
みるや、再び元気に批判再開である。

2001年の前回参院選で舛添要一は160万票もの
票を集めたが、今回は40万票だった。

よっぽど危機感があるのだろう。

ただ、言ってる事は的を射ている部分はある。
舛添要一の一連の首相・執行部批判が保身ではなく、
自らの総理大臣就任への戦略なら大したものではあるが。。。

イメージ 1


1986年の7月31日、
21年前の今日、ある一人の「正義の異邦人」がその生涯を閉じた。


ヤド・バシェム賞というものをご存知の方は、
そう多くはないと思う。

この賞はユダヤ人国家である中東のイスラエルが、
戦中、ナチスドイツによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)から
ユダヤ人を救済した非ユダヤ人に対して授与する賞である。

授与者は「正義の異邦人」「諸国の中の正義の人」という
称号が付与される。

世界中で数多くの方々がこの賞を授与されているが、
日本人ではただ一人、杉原千畝のみである。

今日は杉原千畝の21回目の命日にあたる。


1、リトアニア着任以前の杉原千畝

杉原千畝は戦前、外交官として満州ハルビンに赴任した。
彼はあらゆる外語、特にロシア語に精通し、主にソ連との
折衝を担当した。
日露戦争の勝利に伴う満州鉄道譲渡交渉を担当し、
勝者の威を背景に、多額の譲渡金を値切るなどしており
以後、ソ連からは不評を買って何かと目を着けられる。
実際にモスクワ大使としての着任を、ソ連政府から拒否される
などしており、この頃の杉原千畝の評判はあまり良くない。

満州勤務の外交官の例に漏れず、関東軍や商工省と
何らかの癒着があったのかも知れない。

モスクワへの赴任を拒否された杉原千畝は、フィンランドを
経てリトアニアへと赴任する。1939年の事であった。

1940年、リトアニアにはナチスの迫害を恐れて
ポーランドから大量のユダヤ人が逃亡流入していた。
しかし、リトアニアは当時、ソ連に併合されており
各国大使館が続々とソ連の指示で閉鎖されていた。
ソ連と不可侵条約を締結していた日本大使館がその
業務を継続していた為、出国ビザを求めるユダヤ人が
いっせいに押しかける状況となったのだ。


2、「命のビザ」

ただ生きるが為に、大使館に詰め掛けるユダヤ人達を
見て、杉原千畝の中に小さな、しかし確かな正義感が芽生えた。

彼は聖人君子ではない。
しかし、一人の人間としてユダヤ人達にしてやれる事がある。
それに必要な立場にあり、祖国の意に叛く行為であろうとも
人間として人間の命を救う事が彼にはできるのだ。

外務省、松岡洋右大臣は(ユダヤ)難民への出国ビザの
発給を事実上、認めなかった。
そしてソ連からのリトアニア大使館閉鎖も通告された。

杉原千畝は、祖国の意思と自らの意志の間で揺れながらも
決断を下した。
1940年7月25日、本国の指示に叛き、ユダヤ難民に
対しての出国ビザを半ば不法に大量発給した。

ソ連、日本政府からの度重なる退去命令ギリギリまでの
1ヶ月以上に及び、「命のビザ」を発行し続けたのだ。

その数、記録がある物だけで2139枚。
実数はその倍以上にまでなるという。
杉原千畝が命を救ったユダヤ人は6000人に及ぶと言われる。
ベルリンへ向かう列車のホームでも、彼はペンを走らせ続けた。

「一枚でも多く、一人でも多く・・・!!」


3:杉原千畝のその後と評価

杉原千畝が去った翌年、リトアニアはナチスドイツの占領下に
置かれ、約20万人のユダヤ人が殺された。
ソ連もユダヤ難民を保護せず、多数をシベリアの労働所へ
送った。

杉原千畝はベルリンに到着した後、ヨーロッパ各地の
領事館を転々とし、ブカレストでソ連に拘束され強制収容所へと
移送された。

1年間の収容所生活の後、1947年に日本に帰国。

彼を待っていたのは外務省による解雇通知であった。
政府の意に叛いてビザを発給した詰め腹であった。

外務省退官後は野に下り、民間人として活躍し
1968年、杉原のビザ発給を受けたユダヤ人の一人と
28年ぶりの再会を果たした。

そして1985年1月18日、
イスラエル政府は多くのユダヤ人救済の功績を評価し
杉原千畝にヤド・バシェム賞を授与した。、
彼は「諸国の中の正義の人」「正義の異邦人」の一人となった。


・・・・・そして、
日本政府が杉原千畝の功績を公式に認めたのは、それから
6年後、彼の死から5年の月日が経過していた。。。


杉原千畝の評価については、あらゆる見解が錯綜している。
生前から彼の行動は、政治家・右翼左翼運動家・学者に
よって歪曲され、それぞれの主義主張の道具とされてきたからだ。
杉原の人道的功績を公式に認めたのは、当時の外務大臣であった
河野洋平であったが、それすら政治利用のニオイがする。



どうか・・・杉原千畝の煌く小さな正義を、世俗な思惑で
      これ以上汚す事の無きよう、祈るばかりである。

民主党の勝利は「敵失」、連合の高木会長が分析
7月30日20時24分配信 読売新聞

 連合の高木剛会長は30日、連合本部で記者会見し、参院選で勝利した民主党について、「次の衆院選に向け、政策準備をていねいにやってほしい。解散だけにギラギラすると国民の支援を失う」と語り、衆院解散に追い込むための与党との駆け引きより、自らの政策の充実を目指すべきだと提言した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070730-00000112-yom-pol

大掛かりな「バラエティ選挙」から一夜明けた。

与党過半数割れは予想の範疇だったが、自民単独で
40議席割れは予想外だった。

新聞には「大敗」「惨敗」の文字が躍ったが、これも
致し方ない。

低レベルなマスコミが強大な影響力を握る事が、
どんなに恐ろしい事か改めて認識した。
それは、国家の行く末、舵取りを決める国政選挙が
マスコミの手によって、バラエティショーと化したからだ。

TVはバラエティしか受けない時代である。

マスコミによって、選挙の本来の争点・論点がずらされ、
ぼかされて有権者のワンショットライターぶりに
火がついてしまった。

その裏で、民主・小沢代表は地道に旧自民支持層を
切り崩し、取り込んでいった。
過労で寝込んでしまったが、これが決め手だった。

一方、自民側はマスコミに振り回され失点回復、足元の
火消しに精一杯でポジティブな票取り込み活動をしなかった。
できる人材もいなかった。

小沢代表の読み勝ち、個人技の勝利だろう。

その証拠が、民主躍進の裏で社民・共産、とりわけ
国民新党が議席を伸ばせなかった、という事だ。

これら小政党の目論みは、過半数割れした2大政党に
協力関係をチラつかせて、国会運営での主導権を握る、
というものだったであろうが、今回の結果は彼らにとって
考え得る最悪のシナリオだった。

社民のアホ女は閣僚の失点を責め続けるだけ、
共産の時代錯誤男は我関せずで、右だの左だのと
のたまうだけだった。

党代表という立場ながらに、忍者よろしく影で現実的に
活動した小沢さんのファインプレーであった。

僕は「小沢さん、角が無くなったなあ」などと思っていたが、
どうしてなかなか現役だった。


ただ、躍進した民主だが・・・。
それに続く役者が見当たらない。

菅や鳩山はじめ、皆、顔に「政権欲しい」と書いてある。
物欲しそうなギラギラ顔を見る限り、彼らはこれから
自分たちのやるべき事がわかっているとは思えないのだが・・・。

戦争と犯罪。

韓国人人質の健康悪化=解放交渉は難航−アフガン
7月28日21時1分配信 時事通信

【ニューデリー28日時事】アフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバンによる韓国人グループ拉致事件は発生から10日目の28日も、人質22人の解放に向けた交渉が続けられた。交渉が難航する中、タリバンのスポークスマンが同日、DPA通信に語ったところでは、人質の一部は健康を害し、精神的に変調をきたし始めているという。
 アフガン政府はタリバン側の求める収監中の仲間8人の釈放に応じる構えは見せていない。タリバンのスポークスマンは「(釈放を求めている)タリバン・メンバーは米軍の拘束下にあるとか、地位が高すぎるとか言い訳ばかりしている」と述べ、アフガン政府を非難した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070728-00000104-jij-int

この記事を読んでくださる皆さん。
今回のタリバンによる拉致誘拐はどういった行為なのでしょうか?

これはテロです。よって「犯罪行為」だと考るのが普通です。

しかし、タリバンはそうは思っていません。
彼らにとってこれは「戦争」なのです。

北朝鮮の拉致にしてもそうです。

僕ら、平和な国に暮らす民と、彼らは考え方が合わない。

何故か?

「犯罪」と「戦争」は違うのです。

僕達にとって、テロは犯罪。
タリバンや北にとって、テロは戦争の手段だ。

それがすべてであり、相互理解の道などない

ならば、
韓国が最終的にどういった決断を下すかは分からないが、
建前でも同じ法治国家に暮らす民として、

今回の誘拐を犯罪として断罪すべきだ。

お互いに同じ土俵には上がり得ないのなら、
自らの決断を押し通せ。

これは、日本の拉致問題も同様である。


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