:::人間(ヒト)のトリガー:::

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1986年の7月31日、
21年前の今日、ある一人の「正義の異邦人」がその生涯を閉じた。


ヤド・バシェム賞というものをご存知の方は、
そう多くはないと思う。

この賞はユダヤ人国家である中東のイスラエルが、
戦中、ナチスドイツによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)から
ユダヤ人を救済した非ユダヤ人に対して授与する賞である。

授与者は「正義の異邦人」「諸国の中の正義の人」という
称号が付与される。

世界中で数多くの方々がこの賞を授与されているが、
日本人ではただ一人、杉原千畝のみである。

今日は杉原千畝の21回目の命日にあたる。


1、リトアニア着任以前の杉原千畝

杉原千畝は戦前、外交官として満州ハルビンに赴任した。
彼はあらゆる外語、特にロシア語に精通し、主にソ連との
折衝を担当した。
日露戦争の勝利に伴う満州鉄道譲渡交渉を担当し、
勝者の威を背景に、多額の譲渡金を値切るなどしており
以後、ソ連からは不評を買って何かと目を着けられる。
実際にモスクワ大使としての着任を、ソ連政府から拒否される
などしており、この頃の杉原千畝の評判はあまり良くない。

満州勤務の外交官の例に漏れず、関東軍や商工省と
何らかの癒着があったのかも知れない。

モスクワへの赴任を拒否された杉原千畝は、フィンランドを
経てリトアニアへと赴任する。1939年の事であった。

1940年、リトアニアにはナチスの迫害を恐れて
ポーランドから大量のユダヤ人が逃亡流入していた。
しかし、リトアニアは当時、ソ連に併合されており
各国大使館が続々とソ連の指示で閉鎖されていた。
ソ連と不可侵条約を締結していた日本大使館がその
業務を継続していた為、出国ビザを求めるユダヤ人が
いっせいに押しかける状況となったのだ。


2、「命のビザ」

ただ生きるが為に、大使館に詰め掛けるユダヤ人達を
見て、杉原千畝の中に小さな、しかし確かな正義感が芽生えた。

彼は聖人君子ではない。
しかし、一人の人間としてユダヤ人達にしてやれる事がある。
それに必要な立場にあり、祖国の意に叛く行為であろうとも
人間として人間の命を救う事が彼にはできるのだ。

外務省、松岡洋右大臣は(ユダヤ)難民への出国ビザの
発給を事実上、認めなかった。
そしてソ連からのリトアニア大使館閉鎖も通告された。

杉原千畝は、祖国の意思と自らの意志の間で揺れながらも
決断を下した。
1940年7月25日、本国の指示に叛き、ユダヤ難民に
対しての出国ビザを半ば不法に大量発給した。

ソ連、日本政府からの度重なる退去命令ギリギリまでの
1ヶ月以上に及び、「命のビザ」を発行し続けたのだ。

その数、記録がある物だけで2139枚。
実数はその倍以上にまでなるという。
杉原千畝が命を救ったユダヤ人は6000人に及ぶと言われる。
ベルリンへ向かう列車のホームでも、彼はペンを走らせ続けた。

「一枚でも多く、一人でも多く・・・!!」


3:杉原千畝のその後と評価

杉原千畝が去った翌年、リトアニアはナチスドイツの占領下に
置かれ、約20万人のユダヤ人が殺された。
ソ連もユダヤ難民を保護せず、多数をシベリアの労働所へ
送った。

杉原千畝はベルリンに到着した後、ヨーロッパ各地の
領事館を転々とし、ブカレストでソ連に拘束され強制収容所へと
移送された。

1年間の収容所生活の後、1947年に日本に帰国。

彼を待っていたのは外務省による解雇通知であった。
政府の意に叛いてビザを発給した詰め腹であった。

外務省退官後は野に下り、民間人として活躍し
1968年、杉原のビザ発給を受けたユダヤ人の一人と
28年ぶりの再会を果たした。

そして1985年1月18日、
イスラエル政府は多くのユダヤ人救済の功績を評価し
杉原千畝にヤド・バシェム賞を授与した。、
彼は「諸国の中の正義の人」「正義の異邦人」の一人となった。


・・・・・そして、
日本政府が杉原千畝の功績を公式に認めたのは、それから
6年後、彼の死から5年の月日が経過していた。。。


杉原千畝の評価については、あらゆる見解が錯綜している。
生前から彼の行動は、政治家・右翼左翼運動家・学者に
よって歪曲され、それぞれの主義主張の道具とされてきたからだ。
杉原の人道的功績を公式に認めたのは、当時の外務大臣であった
河野洋平であったが、それすら政治利用のニオイがする。



どうか・・・杉原千畝の煌く小さな正義を、世俗な思惑で
      これ以上汚す事の無きよう、祈るばかりである。

民主党の勝利は「敵失」、連合の高木会長が分析
7月30日20時24分配信 読売新聞

 連合の高木剛会長は30日、連合本部で記者会見し、参院選で勝利した民主党について、「次の衆院選に向け、政策準備をていねいにやってほしい。解散だけにギラギラすると国民の支援を失う」と語り、衆院解散に追い込むための与党との駆け引きより、自らの政策の充実を目指すべきだと提言した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070730-00000112-yom-pol

大掛かりな「バラエティ選挙」から一夜明けた。

与党過半数割れは予想の範疇だったが、自民単独で
40議席割れは予想外だった。

新聞には「大敗」「惨敗」の文字が躍ったが、これも
致し方ない。

低レベルなマスコミが強大な影響力を握る事が、
どんなに恐ろしい事か改めて認識した。
それは、国家の行く末、舵取りを決める国政選挙が
マスコミの手によって、バラエティショーと化したからだ。

TVはバラエティしか受けない時代である。

マスコミによって、選挙の本来の争点・論点がずらされ、
ぼかされて有権者のワンショットライターぶりに
火がついてしまった。

その裏で、民主・小沢代表は地道に旧自民支持層を
切り崩し、取り込んでいった。
過労で寝込んでしまったが、これが決め手だった。

一方、自民側はマスコミに振り回され失点回復、足元の
火消しに精一杯でポジティブな票取り込み活動をしなかった。
できる人材もいなかった。

小沢代表の読み勝ち、個人技の勝利だろう。

その証拠が、民主躍進の裏で社民・共産、とりわけ
国民新党が議席を伸ばせなかった、という事だ。

これら小政党の目論みは、過半数割れした2大政党に
協力関係をチラつかせて、国会運営での主導権を握る、
というものだったであろうが、今回の結果は彼らにとって
考え得る最悪のシナリオだった。

社民のアホ女は閣僚の失点を責め続けるだけ、
共産の時代錯誤男は我関せずで、右だの左だのと
のたまうだけだった。

党代表という立場ながらに、忍者よろしく影で現実的に
活動した小沢さんのファインプレーであった。

僕は「小沢さん、角が無くなったなあ」などと思っていたが、
どうしてなかなか現役だった。


ただ、躍進した民主だが・・・。
それに続く役者が見当たらない。

菅や鳩山はじめ、皆、顔に「政権欲しい」と書いてある。
物欲しそうなギラギラ顔を見る限り、彼らはこれから
自分たちのやるべき事がわかっているとは思えないのだが・・・。

戦争と犯罪。

韓国人人質の健康悪化=解放交渉は難航−アフガン
7月28日21時1分配信 時事通信

【ニューデリー28日時事】アフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバンによる韓国人グループ拉致事件は発生から10日目の28日も、人質22人の解放に向けた交渉が続けられた。交渉が難航する中、タリバンのスポークスマンが同日、DPA通信に語ったところでは、人質の一部は健康を害し、精神的に変調をきたし始めているという。
 アフガン政府はタリバン側の求める収監中の仲間8人の釈放に応じる構えは見せていない。タリバンのスポークスマンは「(釈放を求めている)タリバン・メンバーは米軍の拘束下にあるとか、地位が高すぎるとか言い訳ばかりしている」と述べ、アフガン政府を非難した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070728-00000104-jij-int

この記事を読んでくださる皆さん。
今回のタリバンによる拉致誘拐はどういった行為なのでしょうか?

これはテロです。よって「犯罪行為」だと考るのが普通です。

しかし、タリバンはそうは思っていません。
彼らにとってこれは「戦争」なのです。

北朝鮮の拉致にしてもそうです。

僕ら、平和な国に暮らす民と、彼らは考え方が合わない。

何故か?

「犯罪」と「戦争」は違うのです。

僕達にとって、テロは犯罪。
タリバンや北にとって、テロは戦争の手段だ。

それがすべてであり、相互理解の道などない

ならば、
韓国が最終的にどういった決断を下すかは分からないが、
建前でも同じ法治国家に暮らす民として、

今回の誘拐を犯罪として断罪すべきだ。

お互いに同じ土俵には上がり得ないのなら、
自らの決断を押し通せ。

これは、日本の拉致問題も同様である。

「心に入る言葉ない」=弁護側主張は「砂上の楼閣」−母子殺害遺族の本村さん会見
7月26日21時34分配信 時事通信

 「心に入ってくる言葉はない」。山口県光市の母子殺害事件差し戻し控訴審の公判終了後、傍聴した遺族の会社員本村洋さん(31)は26日、広島市内で記者会見した。当時少年の被告(26)が改めて犯意を否認、弁護側証人が最高裁の認定事実に疑問を呈したことに「非常に疲れた。じっと歯を食いしばって聞いていた」と述べ、弁護側主張を「砂上の楼閣」と指摘した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070726-00000204-jij-soci


つくづく本村氏には、頭の下がる思いだ。。。

僕は、本村氏とまったく同い年なのだが、本当に・・・
彼の心情を慮るに、自分が恥ずかしくなる。

今日はこの強姦殺人鬼の精神鑑定を行った精神病理学者の
証言が行われた。

この野田何とかいう精神病理学者は狂乱弁護士・安田好弘と
共著がある、安田グループの一員である。

今日の審理で明らかになったのだが、この野田は
何と・・・裁判開始当初の被告に関する資料にほとんど
目を通していなかったという。

「たくさんプリントをもらったが、大変だったので
 読まなかった。」

・・・絶句である。

そんな状態でコイツは、司法解剖や一審、二審での
精神鑑定の結果を非難し、自分の鑑定が正しい、と
主張しているのだ。

コイツらの目的は明白だ。時間稼ぎである。

もうじき、実質死刑を言い渡して審理を地方裁に差し戻した
最高裁の裁判官の任期が切れる。

それを待っているのだ。。。

民意のチカラ。。。

元少年、改めて乱暴目的否定=光市母子殺害差し戻し審−広島高裁
7月24日18時31分配信 時事通信

 山口県光市で1999年4月、会社員本村洋さん(31)の妻弥生さん=当時(23)=と長女夕夏ちゃん=同(11カ月)=が殺害された事件で、殺人などの罪に問われ、最高裁が一、二審の無期懲役判決を破棄した当時18歳少年で元会社員の被告(26)の差し戻し控訴審第5回公判が24日、広島高裁(楢崎康英裁判長)であった。被告は改めて乱暴目的を否定した。
 弁護側は、殺害前後の状況を中心に被告人質問した。
 被告は事件当日、排水検査を装ってアパートを回ったことについて「ロールプレーイングゲーム感覚だった」と説明。本村さん宅を2回訪れたのは「優しそうな弥生さんと話したかったから」とし、乱暴するためでないと述べた

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070724-00000100-jij-soci

頭のおかしい弁護士どもによって、茶番劇にされて
しまったこの事件において、唯一の希望がある。

それは民意である。

およそ、ネット・ブログ内にこの強姦殺人鬼と狂乱弁護士を
擁護する意見は見受けられない。
(もちろん、匿名性を利用したバカは存在するが)

先日、「親方日の丸」を未だに標榜し、まったく空気の読めない
NHKはこの民意による制裁を非難し、アホ弁護士どもの
肩を持つ番組を放送した。

この裁判は、単に被害者家族と被告である殺人鬼の戦い
ではなく、公平・中立なる市民と一部の頭のおかしい
自称エリートどもの戦いでもある。

この自称エリートどもが「崇高なる思想」だと思っている
事が、実はガキの戯言にしかすぎない事を思い知らせてやらねばならない。

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