|
ケースC 行政
(引用者注:以下は行政の実力行使による野宿者の追放に関する記述に続く文)
そもそも、公園などから追い出されても、野宿者は他の公園や路上で寝るしかないのだから、何の問題の解決にもなっていない。引っ越しをさせられ、新たな場所で生活をやり直さなくてはならない野宿者が苦しいだけである。行政は「不法占拠」を理由に野宿者を排除しているが、「不法」を言う前に、行政自身が憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」あるいは生活保護法を遵守して、「究極の貧困」である野宿者に最低限度の生活保障を行なうべきではないだろうか。
自立支援センターの限界
排除にあたっての行政の基本姿勢は「野宿者は公園で生活するのをやめて、シェルターか自立支援センターに入りなさい」というものだ。全国の幾つかの公園にできたシェルターは、べッドひとつ分+αの大きさの部屋に24時間滞在することができる。しかし、その多くは食事は白飯―回だけ、そして利用期間も数カ月と限られている。したがって、なんらかの事情がない限り、シェルターに入ろうとする人はあまりいない。「自立支援センター」は、野宿者問題に対する行政の「切り札」と言うべき施設である(2006年度で全国22ヵ所、うち大阪市内で5ヵ所が運営。総定員2060人)。入所者はそこで原則3ヵ月(大阪の場合。東京では2ヵ月、北九州では6ヵ月など)生活しながらハローワークに通い、仕事を見つけていく。しかし、自立支援センターの多くは「2段ベッドの10人部屋」という居住状態で、設備やプライバシー確保の面で利用者に生活上のストレスを与えていると指摘されている。また、自立支援センターでは禁酒を強いられ、外出規制や門限もある。
しかし、アルコール依存などの病気があるのならともかく、なぜ一般に禁酒を強いられ、共同生活や外出規制、門限などの行動の制約がされるのだろうか。一般の生活困窮者に対して、「生活保護」ではなくこうした施設への入所を迫るようなことをすれば、重大な人権侵害として問題になるだろう。これらの規則は、自立支援センターが「野宿者専用の矯正施設」の面を持つことを示している。
さらに、最大6ヵ月(原則は3ヵ月)の期限内に自立支援センターから仕事に就いた人(「就労自立」)の割合は、大阪市では約35%(2005年)、東京では累計51%たった。つまり、入所したかなりの人が行き場がないまま野宿に戻る。また、就労できた場合の内訳を見ると、正規雇用ではなく臨時雇いの清掃員やガードマンが多い。大阪労働局の調査では、就職したものの「給与が少なくて自立できない」などの理由で離職するケースが少なくないことが判明している。もちろん、自立支援センターに入ってうまく就職できた人も大勢いるか、それは当たり前だが「若くて使える資格のある人」に集中する。野宿者の多くがそうである「五十代で体のどこかが悪い」人については、自立支援センターはあまり「使えない」。
確かにこの数年、全国にシェルターと自立支援センターが次々と作られた。だが、そこに入った人のかなりが「仕事が見つからず(あるいは離職して)野宿生活に戻った」ことは明らかな事実である。その意味で、「自立支援センター」は生活保障というより「賭け」(バクチ)に近い。下手をすると、仕事が見つからずに路上に戻り、しかも元の場所にテントはもう建てられず、という「最悪」の状態になりかねないからだ(入所のとき「この場所にテントを二度と建てません」という誓約書をしばしば書かされる)。それを考えて、多くの野宿者はシェルターや自立支援センターという「バクチ」を敬遠して、テントやダンボールハウスの生活を続ける。
強制排除の際、行政は「テントを捨てて自立支援センターに入所して自立せよ」と迫り、多くのマスコミも、自立支援センターに入らない野宿者は「自立の意志がない」「自由がない施設を敬遠している」と報道する(普通、「自由がない施設」は誰でも敬遠すると思うが……)。それについて、長居公園で野宿していた一人が行政代執行の際の「弁明書」でこう言っている。
「マスコミ報道などでは、私たちは「代替住居として自立支援センター入所を勧めてきたのに応じていない」などと、いかにも我儘で、好き好んで野宿生活を続けているかのように書き立てられています。しかし、これは全くの誤りです。私は3年前まで調理師として働いていましたが、失業が原因で野宿生活を始めました。万策尽き果てて、飯を食うために止むを得ず、生まれて始めてゴミ箱に手を入れようとしたとき、私がどれほど躊躇したか、あなた方に分かりますか。生きるために必死だったからこそ、それができたのです。決して好き好んでできることではありません。それでも何とか、廃品回収の仕事をしながら食いつないできました」「今、私は自立しています。自力で稼いでいます。アパートを借りて家賃を払えるほど稼いではいないけれども、公園の片隅で野宿しながらであれば、何とか生活できています。野宿生活を始めてから、いろいろと苦労して試行錯誤しつつ、地域の人だちと関わりあいながら、今の生活を築いてきました。どこかの銀行や空港会社や娯楽施設などとは違い、行政の手助けは一切なしで生活してきました」「それなのに、大阪市は「あなたの自立してきた方法は間違いだ。公園を出て自立支援センターに入りなさい。」とでも言いたげな態度を貫いています。バカにされているような気がします。大阪市が命じるままに自立支援センターに入所して「自立」に向けて努力させられることは、私から見れば、これまでの私自身の自助努力の歴史を否定することに他ならないのです。私の生き様を、私自身が否定しなければならない。人間として、これほどまでに悲しいことがありますか」(「Sさんの弁明書」2007年1月10日)
野宿者問題についての国や行政の対応は、国際的に見ても極めて不十分である。対策も選択肢も不十分なまま「施設はあるのだからそこに入れ」と言われても困る、こっちは生活がかかっているんだ、というのが野宿者の本音だろう。そもそも、暴力的に追い出さなくても、就労対策や生活保護が本格的になされれば野宿者は自然に滅っていく。ほとんどの野宿者は「仕事さえあればこんなところには寝ていない」と言っているからだ。
ルポ最底辺―不安定就労と野宿 (ちくま新書 673)P168-172より。
自立支援したホームレスが再びホームレスに戻るのは支援の方法に問題があるのでは?
「もやい」の場合、広義のホームレス状態にある人をアパート入居できるように支援した結果、「約九五%の人たちが、少なくとも連帯保証人に金銭的な負担をかけずにアパート生活を継続している」
悪徳業者の場合、あまりに非道い待遇に逃げ出して再び野宿生活に戻る場合もある。
行政の場合、あれこれ口実を設けて別の場所に追放するだけで問題の解決にはなっていない。まあ、行政の「自立支援」が名ばかりで実質的にはあまり役立っていないということはリテラシー大好きっ子な皆さんは御存知でしょうけど。
今回、こういうことを書いたのははてなブックマーク - ホームレス論に正義感ぶって粘着してる奴が最も人を殺しそう。 - Automatons Hacking Guideでのid:kajuntk氏のブックマークコメントに、氏のホームレス蔑視の根拠にはホームレスの自立支援をしてもまたホームレスに戻ってきてしまうことに対する無力感があるというようなことが書いてあったからです。今ではコメントが書きかえられてしまって痕跡も残ってませんので、どうでもいいといえばどうでもいいのですが、仮にそれが事実だとしてもそれだけではホームレス蔑視の根拠にはならないということは書いておこうと思います。*1
さて、「もやい」の活動の場合、広義のホームレス状態にある人を支援した結果、95%の人がアパート生活を継続できるわけです。
それに対し、ある人はホームレスの自立支援をしても殆どの人が再びホームレスに戻ってきてしまうと。
仮にこの主張を真だとしても、これだけではホームレスに戻ってしまうのはホームレスの方に原因があるとはいえません。原因は自立支援の方法自体にあるのかもしれませんから。
例えば、悪徳業者の「自立支援」の場合、待遇の非道さに逃げ出す人がいたりするわけですが、そういう風に「こんな条件ならホームレスに戻った方がマシ」と判断するような境遇に放り込むことを「自立支援」としていたのかもしれません。
別に悪徳業者でなくても、暴走した独善を他者に押しつけておいて、それでいて思い通りにならないと逆切れするような人がこの世にいても不思議ではないですから。
あるいは、実際にホームレスに問題があったとして、その人は「もやい」での5%を偶々連続で引き当て続けたのかしれません。天文学的に小さい可能性ですけどね。
念のために書いておきますが、私は、自立支援をしてもホームレスに戻ってしまう原因が仮にホームレスの方にあるとしても、それをホームレス蔑視の根拠にするのは間違いだと思います。
http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20080912/p1より転載
|