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家の近くを最上川が流れています。 松尾芭蕉が俳句に詠んで、日本全国で有名ですが、地元の人間はそれほど価値を感じていないようです。 観光資源としては、舟下りなどしてますが、芭蕉が感動した部分にはほど遠いでしょう。 古来、最上川は歌の枕言葉にもあり、都の公家も知るものでした。 「最上川 上れば下る稲船の いなにはあらず ひと月ばかり」 都人の詠んだ恋歌です。 最上川を年貢をつんで上り下りする稲船、その稲(否)ではありません。ひと月待って下さい。 という意味でしょうか。嫌いになったから会わないのではありませんよ。用事でひと月忙しいんです。 てなことを、こんな風に詠んだんでしょう。 最上川は、都の人にとっては恋歌のイメージがあったということです。 当然芭蕉もそれを知っている。 古来歌に詠まれた最上川とはどんなものか、楽しみにして来たでしょう。 5月の暑い中を、山を抜け、大石田にやってきた芭蕉は、まず最上川のすずしい川風に感動しました。 そこで詠んだ句 「さみだれを あつめてすずし もがみがわ」 ほとんどひらがなで記しています。恋歌に詠まれた最上川、その涼しい川風がこんな句を生み出しました。 大石田で泊まった舟問屋の一栄は、歌の心得があり、芭蕉の到着を楽しみにしていました。 そこで詠んだ下の句 「岸に蛍をつなぐ舟杭(ふなぐい)」 私のような暗愚な歌詠みにとって、闇夜に光る蛍のような芭蕉先生を、いつまでも繋ぎとめる杭になりましょう。 という意味でしょうか。 芭蕉は行く先々で、あまり厚遇されていません。 「蚤しらみ うまの尿する 枕元」 よっぽど腹に据えかねたか。こんな歌を詠んでます。 枕元って枕言葉ということでしょうかね。 まあ、そんなことはどうでもいいですが。 一栄にもてなされた芭蕉は、大変気分良く歌を詠みます。 しかしながら、時間がたてば別れが来ます。 芭蕉は最上川を舟下りで行くわけですが、あまりの急流に、これまでのやわらかいイメージを一変させ、 「五月雨を あつめて早し 最上川」 と、漢字に直して、奥の細道に記すわけです。 最上川は、年貢を積んで運ぶ代わりに、都の文物や芸術をもたらしました。 大石田は比較的山間部ですが、最上川が一栄のように芸術を理解する人間を育てたと言えるでしょう。 郷土に誇りを持つということは、まずその歴史を知り、祖先を敬うことから始まると思います。
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最上川のそばなんですか。風情がありますね。見たことはないですが、芭蕉の句で有名なので、どんな川か見てみたいものです。大河なんでしょうね。
2007/12/2(日) 午後 10:54
きららさん
うちの近くで幅100m程度でしょうか。ちょうどうねって流れる所なので、実に壮観ですよ。月山と葉山をバックに写真が撮れたらアップします。
2007/12/4(火) 午後 8:29