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太平洋戦争が終わり、日本は250万柱の軍神と英霊によって滅亡を逃れた 南方に派遣されていた日本兵も、アメリカの指示の下、引き揚げに取り掛かった そのときの様子 「アメリカの船で引き揚げてきたんだ トラック島の速射砲は全部港の入り口に向いているから 米国艦は反撃を恐れて入港できない そのうちに、米軍から打電で指示が来た 『小銃を放棄しろ』 『大砲を放棄しろ』 『弾薬を放棄しろ』 一通り武器を崖に投げ落とすと、それを見てやっと米国艦が入港してきた。」 日本兵の決死の戦いは、米兵にもオーバー過ぎるほど伝わっていたらしいから、向こうも人間 そうとう緊張してたんだろう。
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有職故実
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じいさんから聞いた太平洋戦争 トラック諸島にいたときの思い出だそうだが・・・ 「アメリカの飛行機が上空を飛んで行ったが、爆弾も落とさず通過するだけだった たまに爆撃していくが、島の岩盤の下に隠れると、上から爆音がするだけで、爆風など来なかった 部隊の仲間で、庄内出身の飯田氏がいた 彼は鶴岡市大山の造り酒屋の婿だった 『国に戻ったら、是非ともうちに遊びに来て下さい。』 そう言って、帰る日を待ち望んでいた 彼は栄養失調で、体重が10貫(約36kg)ほどに落ちた 体が熱いと言っていた ある晩 隣に寝ていたが 次の朝 点呼で起きてこない 様子を見に行くと、彼は眠るように亡くなっていた 栄養失調で死ぬときは、眠るように死ぬのだ。」
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この前、じいさんから聞いた戦争の話 「トラック諸島に配属後、周辺の島に異動になった エンダービー島 飛行場がある小さい島だ。 このへんの島はさんご礁の上にできているから、水を飲もうと土を掘っても、珊瑚水が湧いてくるから、腹を壊すので飲めない。 で、雨水を貯めておく。 トラック島は山から水が流れていて、飲み水は有ったが、食い物が少なくて栄養失調になる。 エンダービーでは畑を作って、サツマイモとかタピオカ芋とか作っていた。」 百姓育ちが奏功したってところかな。 芋万歳。
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昨日は久々に実家に帰ったが じいさんが、丁度戦争当時の書き物を読んでいた 昭和15年 皇紀2600年 満州から一時引き上げたが 翌16年 再度召集され、南方に派遣されたときの話・・・・・ 「船でサイパンに行くことになった 小笠原を過ぎたあたりで、先頭の船が米潜水艦に魚雷攻撃され轟沈 夜間のため、船が沈む音しか聞こえなかった トラック諸島に行くはずの先頭部隊が壊滅したため、俺の乗った船の部隊は、サイパンに上陸せず、トラックに進んだ」 「サイパンは玉砕したから、危なかった トラックはさんご礁の環礁で、軍艦は座礁してしまう 唯一入れるのは西門と南門だから、大砲はすべてそこに向いている 米艦隊はこれを恐れて侵入できなかった」 サイパンに行ってたら、俺はこの世に居なかったってことね。
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NHK 天地人やってますが あんまり興味ありませんが どうして? まあ、直江兼続ってあんまり好きになれない てゆうか、NHKおきまりの、大量物量投入?的な役者揃え 流行のアイドル使えばィイってもんじゃない 兼続の成り上がりには興味ないが、奥州の関が原「長谷堂城合戦」をどう描くか興味あります まあ、簡単に言うと、関が原当時、最上義光と山形で戦ったわけですが 兼続は1万あまりの兵力で、守備兵1千の長谷堂城を攻撃します 数に物を言わせ強攻めするが、なかなか落とせない それどころか、守将志村や鮭延らの奇襲にあい出鼻をくじかれる その後も、刈田狼藉など経済封鎖をするが、周囲の田んぼに阻まれ進軍できず そうこうしてる間に、関が原も決着し、米沢に引き上げるはめに・・・ 満を持した最上勢の追撃にあうも、殿軍の前田利益(慶二)の機転でなんとか撤退 この戦で上杉は庄内を失い、伊達政宗にも白石を獲られます つまり、負け戦 陣頭指揮を執った、彼の生涯の大いくさがこんなのです 主君景勝の言うとおり、おとなしくしてれば良かったのに さらに、直江軍にいた、上泉主水・・・上泉伊勢守の次男だったかな?も討ち死に 生きていれば、山形に上泉新陰流が伝わっていたかもしれません まあ、歴史の逆説ですが。
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