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こういう人って、せいぜい時代劇の話だと思ってましたが
ィイ所で、戦後直後とか 飛鳥ケンの時代はあったようですが 道場破りというヤツですね このまえ私の師匠に挑んだそうです フルコンか柔術系のヤツらしく グラウンド、立ち技共に返り討ちだったそうで 結果はわかってましたが それより ただ勝負をふっかける道場破りなんて 何か勘違いだよなー。 |
合気道
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相互の理合いでしか見えない剣の姿だろう
はた目には 単なる打ち合いにしか見えない 切っ先が触れた瞬間に 勝ち負けが決まる 打太刀は斬られると理解しながらも、すでに剣は100%打ち下ろしており 遣太刀は斬ったことを自覚し、打太刀をあえて振らせ制する この剣には勝ち負けという概念が無いのかもしれない 文字で表すことは難しく ただ感じることだけが理解につながるのかもしれない。 |
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禅というものは 解釈が様々で これといったものがないが
それでも人それぞれの理解があって然るべきではないか たとえば 漬物 私は大嫌いなので食わない 定食に付いてくると すでにゴミと認識する だが これが好きな人にとっては すばらしい宝なのだろう 物は何も変わらない 人の見方が違うだけだ 人間の目が真実を捉えることは難しい 昨日赤く見えたものが、今日は青く見える そこにあるものは、有りながらにして そのものなのだ。 |
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妙な不安感にさいなまれつつ 外を歩いていた
ふと すれ違う人に危険と 敵意を感じる なぜだろう 相手は危害を加えるような人ではないはず そう思って 相手に向かう意識を少しずらした すると不安感が消えていく 敵意とか 殺気を出していたのは俺自身ではないか 相手から跳ね返ってきた自分の敵意に 俺はおびえていたのか。 |
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この命題は、昔から心の片隅にあった
そして、何年たっても俺を悩ますテーマだ そんなんだったら、やめればィイじゃん! てわけにも行きそうにない 武道は 言ってしまえば、相手を殺して自分が生き残る手段なのだが 江戸時代あたりまでは、単なる殺人技を高度な精神性でコントロールしてきた歴史がある ゆえに 本来の目的である、殺傷技術が隠れ、思想面を押し出すことにつながったのだろうか てゆうか、これからどっちに向かえばィイのかってことなんだな、俺が こんなときは、先人に学べ、というのが常朝居士の金言 ま、葉隠でも読んでみよっと。 |



