合気道

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こだわりの消滅

なぜ今までこうだったのか

妙なこだわりに自分を縛ってきた

いくら稽古しても 言い表せない疑問だけが増えていく

これは一体何なのか

型に固執することを嫌ってきたが

本当に嫌うべきは、こだわりそのものではないのか

そう思い始めた時 なんだか自由な空間が増えたようだ。

ふと 思うこと

関節を決めることはたやすい

関節だけで持っていけば こんなに簡単なことはない

しかし これを良しとすれば しれはもはや合気道ではない 柔術だ

ここに 合気道と柔術の決定的違いがある

柔術は命のやり取りが前提となる ゆえに学んだことがすぐに使えなければ意味がない

合気道のように 10年20年やって はじめて役に立つようなものは いつ敵に襲われるかわからない時代には無用だったろう

では はたして 現代で この柔術的なものがどれぐらい受け入れられるだろうか

ほとんど皆無に等しいだろう ポジティブは意味での 命のやり取りなど CQCのレベルでは必要とされていない

ゆえに合気道には意味がある

それは 合気道のシステム(受けと取り)を悪用することなく 真摯に武術に向かい合う人間がいてはじめて成り立つのだ。

今年の総括

武道は「礼に始まり礼に終わる」などど言われるが

これははっきり言って 屈辱的な言葉だ

武道とは本来 命のやりとりのためにある

相手を倒して 自分が生き残ることが その目的である

その殺伐とした殺しのテクニックを 日本人は精神性でコントロールしてきた

戦後 GHQの占領政策で 武道は禁止されたが 先人の努力により競技種目としてのみ生き残ることをゆるされた

一本取るための試合先行型に成り下がった この時点で 真の武道は消えた

消えたというより 一般的な武道の認識が変わってしまったのだ

技術と精神は 武道の両輪である 精神の無い武道は 危険な抜き身だろう


「礼に始まり礼に終わる」  精神性の欠落を補うためのまやかしだ

この時代に 真の武道を求めることは容易ではない。

学際演武2012


すっかり昔のことのように 忘れていました

動画の尺をつめたので、冒頭は映っていませんが

短刀取りと交差取りです

短刀は ダガータイプのトレーニングナイフを使いました

ビデオで撮って観ると イメージとところどころ違っていて 面白いですね

まあ 合気道啓蒙のためにやってるわけですが

見てる人はどうなんだろうねぇ。

それぞれの進化

このまえ 学生との稽古に行ってきたのだが

その後 芋に会と称する豚汁会に参加した


稽古は

学生がいまいちな技で 技というか研究が足りない感じで 手ごたえは無かった

俺もあんなだったろうか 目だって伸びてる者はいない

この後成長するための なんかモヤモヤした期間であってほしい


師匠の技は徐々に変化している 方針を変えてきたといったほうが正解かもしれない

かく言う俺も 10年前と比べれば 当時否定したことや できなかったことをやっている 気がする

この後もどんなことをやって行くんだろうか あと10年後

俺は今のやり方を否定するだろうか

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