|
葉隠のエピソードだが 九州征伐のおり 町人達が、誰が一番乗りか言い争い、諸侯らの着陣の順番を賭けにした しばらくして、「黒田一番乗り!」の声があがると 黒田公に賭けていた町人どもは、俺たちが勝ちとばかりに、相手の町人を殴り飛ばした その後、「鍋島一番乗り!」の声が上がると、さっきは旗印の見間違えと判った こんどは殴られていた町人が仕返しに、散々殴り返した そうやって、宿の二階で騒いでいると 「武士の仕事を賭けにするとはけしからん!」といって佐賀藩士がなだれこみ、 騒いでいた町人をなで斬りにした まあ、草木も生えぬってヤツかな
|
武士道
[ リスト | 詳細 ]
|
鍋島家の江戸屋敷は、今で言う東京の青山あたりにあったらしい またそのあたりは、通称三島とも呼ばれていた これは鍋島はじめ、島の字がつく大名が屋敷を構えたからだそうだ 鍋島勝茂公が江戸滞在中に、かの有名な明暦大火が発生した 1657年 振袖大火とも言う 江戸城天守閣ほか、江戸の密集した町を焼き尽くした大火事だが 勝茂公の江戸屋敷にも火の手が回った 騎乗して屋敷から逃げるところ、火の手が早く、逃げ道を失った 家臣は土塀を突き崩し、勝茂公はそこを通って逃げることができた 後に、この時の論功賞が行われたが 一番手柄は、主君の騎乗した馬から終始離れず、くつわを取って先導した侍だった
|
|
「葉隠」には、人の癖について言及している所がある まあ、約すと以下のとおり 「人の癖は長年かけて出来たものであるから、簡単には直せない。 お前のどこどこが悪いから直せと言われても、そうそう直せるものではない。 人の癖を直そうとするのなら、俺はこんな癖があるがなかなか直せない、お前はそんなこと無いか? と彼の人に言えば、彼もまた、自分はこんな癖があるが同じく直せない、と言うだろう。 それならば、お互いに直そうではないかと意気投合し、癖を直せるかもしれない。」 昔も今も、人の癖は様々で、他人に迷惑をかけていても気づかない 葉隠では、曲者(くせもの)を重んじるが、これも 癖 に違いない 迷惑な癖には用は無いが、役に立つ癖は生かしたいものだ。
|
|
葉隠にこうある 秀吉が言うには「大気・勇気・知恵 これらを持つものが天下を取れる。」とのこと 「今の大名にはこれら1つでも持ち合わせるものはいない。家臣なら2つ持つものがいる。」 と言って、3人を挙げた 毛利の小早川隆景 上杉の直江兼続 竜造寺の鍋島直茂 いずれも一国一城を許されており、優れた武将と言える 直江兼続は大河ドラマでやるようだ 篤姫はいわゆる幕末ものであるから、東北地方には受けが悪いだろうとNHKは踏んでいたようだ そんでもって、東北の英雄を使え みたいなことかなと こういう家臣格の人がテーマになるって珍しいのかな。山本勘助もそうだったし。
|
|
時宣とは、物言いである 時と場合に応じた言葉使いや、行動のことだ 現代でも非常に重要なことだが、江戸時代ならば、さらに難しかったろう 壊れたパソコンを修理したとき、 「直ったの?」という聞き方と「直したの?」という聞き方があるだろうが 前者は、修理を店に頼んだときにふさわしい 後者は、自分で直したときにふさわしいと思われる 自分で直した人に「直ったの?」と聞くと、彼の修理の努力が無視されている 逆に、店の人に「直したの?」と聞くと、技術的に疑われているように聞こえる 「よろしくお願いします」などは、日本的な世辞だろう とにかくよく使う 一言しゃべるたびに使うといっても過言ではないだろう しかし実に意味が曖昧な言葉だ そのまま受け取れば、仕事を任された意味になるだろうが、そんな具体的な依頼などではない かと言って無視できない 適度に相手の譲歩や行動を呼び出しているわけだ それだけに、説明が不十分だと誤解が生じることが多々あるだろう 単一民族ということが、日本人的共通理解を引き出しやすくしているのだろうが、本来すべき説明とか確認がおろそかになることも、よくよく注意しなければならない
|



