|
武士の奉公というものは、一般的に死に際までと思われているだろう。 腹を切るなり、討ち死にするなり、死ねば済むことだがその後まではなかなか考えが及ばないものだ。 曲者と言われ、死に狂いの道を進んで主君に奉公し、誰からも認められる武士であっても、こと政治においては、一度検議にかかれば切腹など、当時は日常茶飯事だったようだ。 その期に及んでも、さらに奉公を第一と考え、死後の面目を立てるものもいる。 とりわけ優れた侍であれば、周囲の評価も高く、切腹を仰せ付けられば「何故あの人が?」などと噂される。 そうなれば、世間の目は藩の重役や主君に向けられ、彼らの政治力や精神が問われるだろう。 主君が民百姓に嫌われることは、曲者としては阻止しなければならないことだ。 そこで、主君の判断が間違いでない証拠に、自ら悪事を働き、切腹しかるべしと取り計らった者がいた。 この世の最期に悪事をなし、汚名を着て死んでいくなど自虐的ではあるが、見事な奉公といえるだろう。
|
武士道
[ リスト | 詳細 ]
|
「海国兵談」をごぞんじだろううか 実は私も読んだことが無い では何故そんな話をするのか 作者林四平は「土着」を大事としたそうだ 土着とは、武士が田舎に居つくことである もともと仙台藩であるから、田舎といえばそうだが、土着してこそ武士の気骨ができるというのだ 「葉隠」では都会風を嫌い田舎風を大事にせよと言っている みなひとは江戸に行くらん秋の暮れ 日本という国は、思えば都会志向が強いようだ 流行りもの、東京とか大阪とかの流行りに敏感、というより真似しているだけだが とにかく都会のやり方を良しとしている まあ、外国と比較しても無意味だろうが、これほど都会に目を向けている国も珍しい これを封建社会の成功という人もいるが、そう言われればそんな気もする 時代の変化というものはあろうが、都会風にすることはないだろう
田舎風を大事にせずして、在地を守り一所懸命に戦うことはできない |
|
佐賀藩士で明治の大政治家 大隈重信公は「葉隠」をこう評した。 確かに読んでみれば、「死に狂い」やら「曲者」やら、物々しい言葉が飛び出し、明けても暮れても必死の思いで生きてきた侍達の姿が見える。 当時の時代背景を考えれば、それほど「奇異」とも思えない。 織豊政権が終わり、徳川の時代 いわゆる元和厭武となると、武士の存在意義が希薄になったといえる。 戦が仕事の武士にとって、平和は望むべきことなのだが、彼らの活動意欲が削がれた事は確かだろう。 そんな中、金儲けに走るもの、町人化するもの、帰農するもの、様々だが、一部には武士たる誇りを捨てず、武術に励み、士道を心がける者もいた。 丁度「葉隠」が成立した時代は、江戸中期、忠臣蔵の後である。経済が発達し、世に刀槍の役目が無くなった時代でもある。 作者の山本常朝は、今の時代には男の脈と女の脈が同じになった、と嘆いているが、すでに武辺や武骨といった気風は失われていたのだろう。 そしてそんなときこそ、武士の魂を呼び戻そうとする者たちが出現するのだろう。
|
|
もののふの道 武道 武士道 意味するところは同じでしょう どんな意味かが難しいだけである 「主君が仇を受けたら、すぐに討ち果たせ。返り討ちにあってもよい。犬死と言っても、戦で討ち死にしたのと同じだ。誰がとがめようか。」 葉隠の一説にこんな部分がある。 主君というと、今の世の中誰?と言うことになるが、まあ特定の人物としてはいないだろう。 討ち果たすと言っても、さて、武器を持ったら殺人未遂になる。 現代において、このような一説を真に受けることは無意味だが、ここから当時の武士がいかにして国を守り、領民を安んじたか、うかがい知れる。 そもそも主君が仇を受けるなど、葉隠が書かれた江戸前期から中期あたりには、そうそう無いだろう。 全くの絵空ごとか?と言えばそうでもない。 何らかのトラブルに巻き込まれる可能性はある。刀を差している者がうろうろしてるわけだし。かといって、抜いて斬ろなどとは、そうそう思わないだろうが。 この一文から現代の我々が得られる教えは、職務を全うするということだろう。 武士の職務は、戦である。平安時代の滝口ならば呪術的な役割が大きかったようだが、基本的には殺人であり、それは自らに対する殺人でもある。 時と場所を選ばず死ななければならない。ためらう暇も与えられないのだ。 武士は職業でもあり、生まれ着いての生き方でもあり、この辺は不可分である。武士に生まれたら死ななければならない。 我々は、好んで職業を選ぶ。生まれつきなど無い。たまたまそういう職に就いたとかもあるだろうが、生まれ着いての職務など無いだろう。 選ぶ余地無く武士となり、死ねと言われれば死ぬ。 これにひきかえ、好みの職務に就き、死ぬことも無い現代は何と幸せなことか。
|
|
葉隠では、顔色が悪いときに紅粉で化粧しろと言っています。 具合が悪く、唇が紫になってる時や顔面蒼白のときなど、顔色良く見せろということです。 常に働けるような状態に「見せる」ということでしょうか。 現代でも、ビジネスシーンにおいては、先方の印象良くするために考えられる方法でしょう。 ただ当時は、常に死を覚悟して勤めていたわけですから、すでに死に化粧を済ませたとも解釈できます。 化粧は、あまり男はしないでしょうから、そこに一つの奇抜さと、恥と思わぬ根性を感じます。
|


