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これまでも何度か、葉隠について書いてますが、あまり更新はしてません。 「以って火中すべし」この言葉が葉隠に有る限り、心にとどまらなかった部分を無理にアップする気にならないからです。 葉隠は元々、山本常朝が自分の覚書にしたもので、死後処分せよと言った書物です。 原本は処分され、弟子の田代陣基が写したものが今に伝わります。 ですので、本を確認しながらアップするのは当然でしょうが、それではただの丸写し。 覚書としての葉隠をはずかしめることになります。 なので、ふと思い出したことだけアップします。
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武士道
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ボクシングの亀田が何かやらかしたというのをニュースで聞いた。 試合中の度重なる反則行為が原因のようだ。 試合に負けたら切腹しますとか言ってたらしい。 この試合については、はっきり言って見ていない。なので試合内容についてはノーコメントとする。 許しがたいのは、切腹発言だ。 軽々しく切腹するなどといい言いおって。 試合前のパフォーマンスとか挑発であろうが、その言葉は許せない。 これまでも書いてきたが、切腹とは武士を象徴する自殺行為であり、日本の歴史の汚点でもある。 自殺の手段としては、実に残酷だ。打ち首なら瞬時に死ねるだろうが、切腹は是自体が死に到るものではない。切腹だけで死亡した割合は、ある統計によると数パーセントしかない。介錯で絶命する。 こんな残酷なことを、侍は、侍であるがために強要されたのだ。 それが道だと教えられたのが武士道だ。 亀田は浅はかにも、侍よろしく切腹すると言ったのだ。 これまでどれだけの人が、いわれも無く切腹して死んでいったと思うのか。 我々の祖先に対する冒涜だ。 しかもマスコミは面白おかしく取り上げている。これは話題になると踏んだのだろう。 切腹と言わず自殺と言ったらどうだったろうか。 とんでもない社会論争になっただろう。 さらに、会場では切腹コールが起きたそうな。 あまりにも情けない。日本は終わった。切腹が何かも分からずはやし立てている。 今の日本は大人たちが悪くしたと思ってきたが、これからはその大人たちに我々がなるのだ。 ここ最近は亀田ネタも処分が決まって収束したが、話題にすべきことが間違っていたと思う。
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肥後の守と言っても、小刀のことではない。 会津白虎隊の松平容保公は「肥後の守」だが、別に九州に住んでるわけではない。 中世以来の守護大名の役職だ。 つまり、肥後の国を治めるということだが、戦国時代を経由すると、完全に名前だけになってしまった。 肥後の国の州牧様ではないのだ。 これを「無足人役」という。 秀吉の時代にこれが顕著になったようだ。 配下の大名を「○○の国 1万石に任ずる」という人事を行う。実際には行った事もないような所に行かされると思いきや、どこに行けとか、どの地域を治めろとか指示されない。残ったのは、1万石に対する年貢の納税義務だけだ。 秀吉の場合は信長とも家康とも違うし、江戸時代になるとある意味すっきりした制度になる。名前なんかどうでも良くなり、現地へとにかく行け的な人事になる。 まあ、先祖の得た官職とか役職名を誇りに思って捨てなかったということかな。
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時代劇で、安月給の代名詞みたいに言われるが、たしかに安月給だ。 |
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江戸時代 商人文化が盛んになり、武士は食わねど空楊枝の言葉どおり、貧乏侍が増加した。 商人から銭を借り、返す当ても無い侍は、身分を悪用して、帳消しを迫ることになる。 豪商は、子息を武家の養子にした。これを御家人株という。 息子が武家の跡継ぎとなり、代わりに借金を帳消しにするとか、まさしく株の代金として多額の金子を支払う。 そもそも将軍直参の親衛隊が「旗本」である。当然命令は将軍から直接受け、ほかの大名には干渉されない。 時代劇で「将軍家御直参」とかいうのがそれだ。たいがい悪人の代名詞になっているが。 それより格下で、同じく直参には違いないが、旗本ほど権力の無い家柄が「御家人」だ。 御家人斬九郎みたいな、将軍家の親戚とか、先祖代々の家臣とかで、たいして禄も無い。名前だけ偉い家柄だ。 旗本・御家人を合わせて庶民は「お徒士」(おかち)と呼んだが、お徒士は元来、将軍についてまわる親衛隊のことで、旗本を言う。 将軍が出歩くときは、必ず徒士目付けとか徒士頭とかが警護を手配する。 ちなみに鬼の平蔵も徒士頭をしたことがある。 敬称を含めて、御家人株を「お徒士株」とか言うときもある。 通常はこの御家人に養子で入る。跡継ぎになり、武士の屋号を手に入れる。 養子縁組は手続き上認められるが、金銭がらみは御法度だ。表向きは金の話など出てこない。 つまり御家人株を買うことは、非常に危険なことでもあり、犯罪だったのだ。 そこまでして、子息を武士にしたところで、当時実益はあまり無かったと考えられる。 侍になったところで、いいことはあまりなかったようだ。 それでも御家人株を当時の豪商は買いたがった。 武士の名跡にそうとうな憧れがあったのだろう。 今では考えられないが、身分の違いというのは絶対的なステータスであり、危険を冒しても手に入れたかったのだろう。 余談だが、知り合いに室町時代のこのへんの領主の子孫がいて、宴会では必ず「お殿様」ネタで揶揄するが、本人は至っておおらか、笑い飛ばす様はまさしくかつての紀伊の守様だ。
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