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この前テレビで「ラストサムライ」を観た。
渡辺謙の好演がハリウッドでも話題になったが、吹き替えだったこともあり、台詞が不自然な感じがした。 まあ、感想といえば、なんか後味悪い。 アクションは迫力あったが、戦闘シーン、特に戦の場面は、アメリカ人もしくは現代の日本人が勘違いしている合戦そのものだった。あまりに無策で、悲しいほど勇敢な侍チームと、まったく調練されていない官軍。 侍が鉄砲を使わないかのような表現。まるで平安時代の戦だ。鎧の上から刀で斬れたら、鎧の意味が無い。 真田広之 剣術の師範の役が、あまりにチャンバラチックな剣さばき。全体的に残念だ。ああいうのを観て世界の人はサムライを理解するのだろう。 一番鼻についたのは、武士道という言葉を時々出したことだ。武士道を何だと思っているのか。時代の変化に逆らうことが武士道ではない。意地を通すことが武士道ではない。 テレビでカットされたところも多々あるだろうが、結局何をしたかったのか、何を表現したのかよく分からない。 |
武士道
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「さてもさても死ぬことよ。悟っても死に、迷っても死ぬ。」 葉隠に登場する和尚の言葉だ。俺の生き方はこうありたいと思っている。 「誰も自分が死ぬとは思っていない。死ぬとしても、人より後に死ぬと思っている。今度のお盆には、あの世からの客となって我が家に帰るかもしれないのに。死ぬことを本当に理解したら、修行せずにはいられんだろうなぁ。」 俺も一生のうち、5割近くを過ごしてしまっただろう。何とも短いことよ。いつまで生きるか分からないが、やるしかねえってことだろう。
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槍の先生がいまはの際に弟子に言った「お前には我が流儀を全て伝えているから、今さら言うことも無い。ただしお前がこれから弟子を取ろうと思うなら、毎日竹刀しなさい。」 んー 型と技は違う 型などいくら知っても役に立つよう作らなければ話にはならない なにより、見た目では分からない技術があるのだ これだけは伝授できない 体得し、我が物とする、これが難しい
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清康公は徳川家康公の祖父である。父松平信忠があまりにも暗愚な主だったので、下克上の時代には珍しく、家臣が隠居させて穏便に世代交代している。家臣団は清康公を名君にしようと教育し、文武に優れた主君になった。若くして三河を統一したが、財政は良くなく、文字どおり貧乏藩だった。殿様のイメージにあるような贅沢は一切出来なかったろう。 あるとき、酒を飲んでいた清康公が周りにいた家臣にも酒をすすめた。皆一杯づつ飲むとこう言った「お前たちとわしの身分が違うのは、前世で善業を積んだかどうかの違いぐらいだろう。今お前たちとの間に何の違いがあることか。さぁもう三杯づつ飲みなさい。」これを聞いた家臣団は皆涙を流した。 んー この祖父にして、この孫ありって感じだね。ただねー 守山崩れ 残念だねー
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祝い事に呼ばれた大名らの行列が町を通っていったが、にぎやかなその有様を町人どもが見物していた。勝茂公の娘も、そのきらびやかな行列を眺めていたが、我が鍋島の供廻りの行列を見ると、見苦しくだらだら歩いていたので、恥ずかしくなって父に言上した。勝茂公は何も言わなかったが、あまりに姫がくいさがるのでこう言った。「女のお前に言う用向きではないが、どうしてもと言うなら答えてやろう。きらびやかな行列のものは、この祝い事のためにそろえた見た目の良いものばかりだ。あんなのは有事の際は、主君を置いて逃げる奴らだ。我が供廻りの者は見た目は良くなくとも、皆主君のために命を投げ出すものばかりだ。当家は醜者が名物よ。」 《んー なんていうのかな こういうの さすがだね! 見た目ではなく、あくまで実戦を想定したということね 鍋島勢がばらばらに見えたのは、前にも言ったが、部隊編成が特殊だったせいもある 》
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