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今回の二つ目のポイントは 「景勝自ら出陣」です! 景虎が自刃した後も御館の乱は続いていました。そしてついに景勝自らが出陣します。ここは私にとって重要なポイントでした。なぜなら景勝が向かったのが栃尾だったからです。 残党扱いはひどいなぁ! ドラマでは栃尾に向け出陣したというのは語られず、次のシーンでは平定していました。(景虎が自刃してから一年後に栃尾に出陣するのですが、何の説明もありませんでした) 謙信公旗揚げの城である栃尾城は堅固で難攻不落でした。景勝は正面から攻めずに、背後の岩佐山に陣を敷き、まず城の麓にある館を焼き払い、次に町人街を焼き払うと、その後 城を攻めました。 謙信公が長尾家の家督を継ぐ時に、謙信公を担ぐ古志長尾家と、それを善しとしない上田長尾家が争いました。 それ以後同族でありながら、上田長尾家は謙信公の政権下では優遇されず、その恨みが徹底的に栃尾を攻めた原因になったと云われています。 もちろん事前に偵察をして、背後から攻めた方がよいだろうという判断はしたと思います。 それに加え、これはあくまで推測ですが、景勝は謙信公から、初陣である栃尾城の攻防について聞かされていて、栃尾城を攻める際参考にしたのではないかと思います。 栃尾城を攻めるのに正面からでは難しい事を知っていたように思います。 栃尾という町は狭い盆地で四方を山に囲まれています。その狭い盆地にそびえる栃尾城は実際の標高よりずっと高くなって見えます。城の目の前には川が二本流れています。狭い盆地に二本の川が流れ、栃尾城は非常に攻めずらい、まさに天然の要害でした。 「景勝自ら出陣」について 補足してみました。 |

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