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NHK大河ドラマ「真田丸」。第二回の放送がありました。大河ドラマを見るのはほぼ15年ぶりぐらいになると思います。
最後に見た大河ドラマは琉球の風でした。NHK大河ドラマで一番好きだったのは「キングオブジパング 信長」です。これがダントツで面白かったです。太平記もとても楽しかったのを覚えています。
前回もちょっと批評を書きました。
今回は信幸と信繁(幸村)が岩櫃城に戻る場面がメインで最後には騙されて窮地に陥った後に父の昌幸が迎えに来て助けるという内容でした。
三谷監督だからだと思うのですが、やはりコメディー要素が強いなと思いました。徳川家康の描写が少し滑稽な雰囲気に書かれていますが、実際は家康はとても苦労人なので、人が聞いているような場所では大事な話はしなかったでしょう。その一方で、やはり大衆に伝えるという課題が監督にはあるのでしょう。ちょっとおどけた雰囲気の家康がそこにはいました。ここで役作りをしているのが、最後の大坂夏の陣などでのキャラクターと被るのだなぁと思いました。
ちなみに、この場面における主人公の信繁の齢は15歳のようですね。そして、昌幸は35歳です。
真田昌幸の岩櫃城籠城という作戦が武田首脳陣に受け入れられなかったことの理由の一つは、昌幸の実績だったのではないかと思います。昌幸はこれ以前の戦いとしては何度か経験はあるのですが、自分が責任者として戦争を遂行した実績がなかったため、武田の首脳陣は踏ん切りがつかなかったのではないかと思います。その一方で、武田信玄からは相当、気に入られており、武藤家という武田親族の家に跡継ぎがいなかったので、いったん、そこに養子として落ち着いたことにより、親族扱いを受けるようになったと言われており、その器量は武田信玄からは早くから認められていたのでしょう。
また、大河の中では、武田勝頼が死を悟っているような描き方になっています。私はこの描き方が好きです。勝頼は精神的にも満身創痍だったのではないかと思います。彼は父である信玄の死後、彼の遺訓通りに、上杉と同盟を結びました。上杉謙信は頼りになるから頼れという信玄の遺訓でした。しかし、謙信の死後、上杉家にも後継者争いがあったことから弱体化してしまいました。上杉家の後継者争いは、上杉家親族の景勝と、北条氏康7男の景虎の2名での争いになりました。勝頼は景勝の方についたため、北条家が味方した景虎と争うことになり、結果、北条家とも同盟が切れてしまいました。
武田勝頼は十分以上に器量のある人物だったと思いますが、偉大な父とのバランスがやはり悪かったのでしょう。バブルの絶頂期に輝かしい実績を作った親が残した遺訓を失われた20年と呼ばれる現代社会で守りながら、滅んでいくというような雰囲気を感じます。
大河ドラマを15分ぐらい前から待っていると言うのは信長の時以来です。
史実になるべく近いようでそして、歴史の話は政治の話でもあるので、まじめに暗くと言うのが僕の望む展開なのですが、それは大河ではできないですね。最も、信長や太平記はその暗さを演出できた時代だったと思います。
真田信繁はあまり記録資料のない人なので、52話という話をどこまで内容の濃いものにできるのか、とても心配ですが、次も楽しみです。
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