地域活性化のヒント

日本中を歩き回り、地域活性化のヒントを集めています

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 奈良の観光と言えば世界遺産の社寺が中心です。奈良の旧市街地にも世界遺産「元興寺」があります。元興寺が日本で初めて蘇我馬子が飛鳥に建立した法興寺が前進になっており、平城遷都の際に今の旧市街地の方に移ってきました。この元興寺のある地区は、小学校の校区は飛鳥地区です。つまり飛鳥の方から元興寺が移転してきた事によって地域名も飛鳥になっています。歴史が今に生きているのがならまちの素敵なところです。


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 元興寺と言えば、地蔵盆とお寺を囲うように咲く萩が美しいのが評判です。それに加えて私はこの桔梗を推します。元興寺の沢山の石像に囲まれた鮮やかな桔梗を見ると、元気になります。6-8月に見ることができます。世界遺産のお寺に咲く桔梗。とてもおすすめです。

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最近話題の福耳の鹿です

 奈良観光と言えば大仏と鹿と言われます。奈良公園に鹿がいる理由は茨城県鹿島市の鹿島大社の神様が鹿に乗って奈良に降りてこられ、今の春日大社の場所に鎮座したことが由緒と言われています。鹿は今は1500頭もいるそうですが、戦前の食糧難の時は60頭にまで減ってしまっていたそうです。江戸時代には周辺の農村部では鹿が集落に入ってきて農作物を荒らさないように鹿垣という垣根を作っていたそうです。

そんな奈良公園の鹿ですが、実は市街地にも降りてきます。

まずは奈良公園の風景です。こんな感じで鹿はいます。これは観光で訪れたみなさんも想定内です。

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次に市街地の鹿です。

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 これは猿沢池のすぐ隣に建つホテル大和路さんの看板ですが、よーく見てください。後ろで鹿が草食べてます・・。商店街にも鹿が押し寄せてきますし、冬になるとならまちも闊歩しています。そしておととしの市議会議員選挙では鹿にポスターを食べられた候補者もいました。鹿に飲み込まれるとは・・・

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 鹿に関するエピソードを一つ。奈良の人は朝が早いと言われています。その理由は一般的に朝、家の前に鹿が倒れて死んでいると、その家の人は何故助けなかったのかということで興福寺から処罰されたそうなのです。そしてここからは江戸時代ですが、ある町内(A)と町内(B)の間に鹿が倒れて死んでいたそうです。すると一方の町内(A)の人がもう一方の町内(B)に鹿野遺体をそっと持って行ったそうです。そしてまた町内(B)の人もそれに気付いて、また町内(A)に持って行ったそうです。そして、共に興福寺に訴え出たそうです。そして興福寺から裁定がでます。なんと、喧嘩両成敗で町内(A)からも町内(B)からも罰金を取ったそうです。。

 他にも書道の勉強中に飽きて文鎮を外に投げたら鹿に当たってしまって死刑になったというような暗い話も残っていますが、奈良の人は基本的に鹿が好きで、鹿に優しいと思います。

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尾根伝いの丘陵地 


団地と呼ばれる場所の多くは小高い山を削るようにして作っていると思います。今日はふと、気になった住宅地があったので、少し足を延ばしてみました。

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ここは福岡県筑紫野市のある住宅地なのですが、道がずっと続いているのがわかります。その先に行くと

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生垣の中に畑がありました。赤々として豊かな土壌の雰囲気を出していました。

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何の変哲もないように見えるのですが、どうもここは丘陵の尾根伝いではなかったのかと思いました。昔は、尾根伝いには松を植えて尾根が崩れないようにしていたそうですが、そのような形跡はありませんでした。この道は、今は両側に建物が並んでいるため、この道は尾根にはとても見えませんが、昔は一面の畑の頂上を一つの道が向こうまで続いていたのだろうなと思いました。
みなさんの住んでる場所にはこのように道が開けていて、すっきりしている道はありませんか?思い出せる場所があれば、地図を見て下さい。昔は小さな岡の尾根伝いの道だった可能性があります。

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 観光と言えば名所・旧跡を回ったり、最近では、最近では町並みを見に行くことも流行っています。最近はインターネットで検索すれば観光ランキングなども出てきます。今までとは違った観光スポットが誕生しています。それはやはり観光する側からの視点が大きく業界を変えて行っているのだと思います。もてなす側から言えば、今一番重要なのは英語の習得であると思います。外国人対応は非常に重要になってきています。外国人は日本人に比べて、高い旅費を払ってきている以上、旅行の企画もすごく資金が豊かです。観光はアベノミクスの関係でさまざまな場所で取りざたされていますが、それでは観光の一番の感動とは何でしょうか。私の観光のおすすめは、人に出会うことです。
 江戸時代、旅行が本格的に流行りました。当時、学者と呼ばれる人は江戸や京都だけでなく地方に多くいらっしゃいました。幕末になると後の明治維新の立役者たちも全国を巡り、人に会いに行っています。長州藩の兵学者吉田松陰は長崎に留学したり、江戸に留学したり、東北に旅行に行っています。そして、信州松本を訪ね、高名な兵学者 佐久間象山に出会っています。そこで松陰は彼を人生の師匠にします。茨城の水戸には偕楽園など、観光名所がありますが、ここにも藤田東湖という高名な武士がおり、多くの人が訪ねています。
 越後長岡藩の河井継之助は後に備中高梁(岡山)藩の儒学者 山田方谷を訪ねています。彼はここに滞在し、経済を学んだと言われています。彼は帰りがけに高梁川の橋を渡る前に方谷先生の方を向いて、土下座して拝跪したと言われています。方谷先生は地元でもとても慕われており、JR高梁駅の3つ北側の駅名は方谷駅と名付けられています。
 吉田松陰も川合継之助もこの旅行は一生の思い出だったのでしょう。私も尊敬する人が全国各地にいますので、旅行の目的として人に会いに行きます。自分がこの人に会いたいと思った時、カバンを下げて会いに行く。そして自分が必要としていた知識や見識と言うものに触れます。帰りがけはわくわくドキドキした気持ちでいっぱいになります。
 外国人の旅行の形はよくわかりませんが、日本人は旅先の出会いに感動すると思います。かつて、奈良でJTBの元社長であった舩山さんと言う方の講演をお聞きしました。舩山さんは『旅行の一番の思い出は旅先の人の親切さに出会った時』だと言われていました。私もそう思います。地元の人と出会い、地域の話を聞くことができれば観光の幅も大きく広がっていくと思います。
 奈良の著名な写真家の故入江泰吉さんは、「自分はそこの風景だけを取ろうとしているのではない、そこにある過去のすべての歴史の上にある風景を取ろうとしている」というようなことを言われていたそうです。奈良を訪れるお客様にはそんな奈良を紹介したいですし、できれば入江さんの作品に触れて、感じ取ってもらえればと思います。

 日本人は旅先の出会いに感動すると思います。すばらしいなという人が見つかれば訪ねてみることで観光の楽しさは倍増します。


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奈良の観光と言えば、東大寺・薬師寺として春日大社と社寺が浮かびます。春日大社は藤原氏の氏神神社であり、全国から多くの参詣者のある神社です。この時期は七五三の予約で忙しいらしいですよ。

さて、その春日大社のニュースが産経新聞で掲載されていました。

「産経新聞のニュースで 奈良・春日大社で徳川綱吉の灯籠150年ぶりに公開」

 歴史好きの私としてはこれは是非見に行きたいと考えています。春日大社は祭神は建御雷命・経津主命・天児屋根命様・比売神です。奈良の江戸時代の地図を開くと、春日大社と興福寺を中心に描かれています。藤原家の氏寺と氏神ですね。奈良にとって絶対的な存在だったという証拠です。さて、そんな春日大社ですが、建御雷命が武神であったところから、大名などの参詣が絶えなかったようです。春日大社には多くの灯籠がありますが、ほとんどが寄進されたものであり、私は実は5月に燈籠を見に行っていました。何点か紹介します。
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 まずは藤堂和泉守高虎ですね。大御所様つまり徳川家康の平癒を願った燈籠です。

大野藩藩主 松平但馬守直良 の灯籠です。イメージ 2


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平戸藩主 松浦肥前守守隆の灯籠です。

 他にも直江兼続や宇喜多秀家の灯籠もありました。奈良の人物でも寄進の灯籠がないか調べたところ、ありました。奈良の偉大なる技術者・設計者の中井大和守正清の灯籠がありました。中井家は代々、法隆寺の棟梁大工の家でした。正清は徳川家康から大変ひいきにされ、大和守という官位までもらっています。大名級です。かれは後期大阪城を始めとする多くの徳川時代の建築に携わっていたと言われています。その正清の灯籠があるということは、おそらく春日大社の建築にも関わっていたのかもしれないですね。

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ちょっと見にくい画像ですみません。ちなみに、奈良には宮大工の子孫が多くいらっしゃいます。その理由は、奈良時代から多くの社寺の建築を守ってきた奈良の大工技術は日本で最も優れていたと言われており、「大工は大和」と言われることも多かったそうです。その象徴が中井大和守正清です。
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 奈良には多くの遺産があります。このように人を通じて見えてくる歴史も多々あります。私は奈良の歴史で言うと、富本健吉さんや入江泰吉さんなどの戦後の奈良の文化界をリードされていた方々の話が好きです。町と言うのは人を介して見えてくることがとても多いです。春日大社にはそれが多く残ります。奈良観光、春日大社の灯籠をぜひ見に行ってください。

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