香港中国系映画

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賭聖(周星馳)

今回の上海出張で、「周星馳」電影特集という作品集を手に入れた!

何と48作品の集大成!

何しろ下らない笑いで楽しませてくれる点で、周星馳の作品は稀少にして秀逸。

ハラスメントも何もあったもんじゃないどうしようもなさが凄いのだ。

疲れた時、もう何も考えずに笑いたい時、彼の笑いははまる。

賭聖、は賭神の時代にパクリのパロディとして撮ったのだろう。

あの歩き方のパロだけで、僕は楽しめる。

何しろ、このシリーズだけで48作品あるから、結構時間はかかるし、見た作品はあるが、

暫くはこれで楽しめそうだ。

中には、広東語のみ、英語のサブタイトルだけ、というのもあるが、まあ・・・何とかなるか?

細かい笑いが詰まっているのが楽しい。

差別もセクハラもあったもんじゃないのが、面白いのだ。

周潤發、コン・リー、周傑倫(ジェイ・チョウ)、劉イエ、他。
張芸謀の作品って、矢張りね、もう色彩、何しろ圧倒。
ここまで巨匠になると、何でも出来るんだね、って意味で、そのスケールにも圧倒。
そして、武芸がまた、カマ持ったニンジャ! それが縦横無尽に切りまくる! 凄い。
ストーリーは、バッサバッサで最後は悲しい末路。
でね、周潤發、矢張り、この人が「ちゃんと帰ってきてくれた」から、作品にとても重み、
出てます。 ハゲじゃなくて、長髪です、今回は。 付け毛?
コン・リーの恨、益々磨きがかかってます。 チャン・ツィイーに華を持ってかれちゃって、
恨、の役しか来ないから、かね〜!? しかも、苦〜い漢方薬ばっか、何回も呑まされて。
劉イエ、こないだ見た1930年代初頭の映画では、伊丹(仲村トオル)を狙う刺客役で、
何か良い味出してましたが、今回も、特異な演技で、大活躍です。
お相手の女性、も好み!(オメーの好みは聞いてねえ!、って?)

全体の色! 何しろ、圧倒です。 ホント、大画面で、劇場で、みたいです。
今回もまた、ハノイ市内でゲット、どうも雑音が多いと思ったら、中国劇場で公開していた
のを、そのままビデオで撮ったやつです・・・・・。 咳が入るわ、携帯(!)鳴るわ、途中で
立つ人の頭が画面の下を通るわの大騒ぎで、相変わらず・・・。

中文字幕付き、北京語バージョン、王族言葉(宮中言葉)一部聞き取れず、ですが、ストーリー
は追えました、が・・・まー、凄惨な結末?
見所は何処だったかな?
王妃、コン・リーのイラダチ? それは毎回でしょ。
周潤發の貫禄? 今更言うまでも無く、作品に重厚さを増していますが、
僕としては、色使いと、武闘シーン。 スタイリッシュです。
この作品は、適当に選んだDVDのうちの一枚で、張芸謀だろうな、と途中から確信したけど、
全然、張芸謀だから見たいと思って買った、選んだ訳じゃない。 ゴージャズさ、色、配役で
十中八九、張芸謀だと思って、最後の字幕で確認しようとしたが、即、配役出さずに切られた
ので、ウェブ上で漸くそうだ、と確認した次第。
アニメの世界を実写+特殊画像処理で出している、って感じで、本当、格好良い。
芸術作品か?、と言うと、大衆娯楽作品、だと思ったけど。

周の演ずる国王が、結果的に一枚も二枚も老獪で、活路を得るのは彼だが、彼は誰をも継承者として
起用できなかった、と言う悲話となる。

Again, 大画面劇場で是非見たい・・・コレもそうだけど、アレ、チャン・ツィイー、劉徳華、
金城武のやつも、絶対、大画面劇場で見たいなー

2003年、中国映画。
仲村トオルが出てるんだね。
この作品自体の評価は、多分台詞を極小化して無言の演技に集中させている為、万国共通の共感、
みたいなものを得る事は出来ているんだと思う。
1928年、東北に始まり、31年上海、37年上海と時代は移り、最終的には公平に日本人も
中国人から見た日本の占領時代、侵略時代も描かれているし、虐殺、戦争による中国での大量殺人
も暗喩している。
チャン・ツィイーは、日本の政府機関諜報の伊丹(中村トオル)と東北時代に男女の関係となり、
その3年後、東京から戻った伊丹と、偶然を装い伊丹の新たな任地、上海で再開する。
僕は、リ・ビンビンの可愛さを発見出来た事で結構満足しているんですが・・・
ま、物語の主旋律は時代に翻弄された女、かな。
仲村トオルが出ている他にも、多くの日本人が端役含め出ており、日本語がかなりしっかりして
いる映画、妙な日本人像では無く、きちんと描けていると感じた。
台詞が少なく、表情、動作、仕草(色々、似たり寄ったりな事、言ってますが)で物語る部分が
多く、それに「耐え抜く」努力は強いられる。
一方、説明台詞一辺倒で押し切る映画に比べたら、「含み」が有ってよいのかも。
でもね、もう単純平和主義者ですが・・・僕は・・・殺したり、殺されたり、ってのは嫌だね。
僕は、北京に出張した際に解放軍の金儲けとして、拳銃とM−16(アメリカ軍がベトナム戦争
時代に大量投入した自動小銃)を撃った事が有るけれども、どうも自分には馴染まなかった。
トカレフ(ソ連式の拳銃)は、人型の的を結構至近距離から狙う、と言う趣向なんだけれども、
引き金を引く時、「これは、ヒトゴロシの道具なんだ」と言う意識が脳裏に浮かび、心臓が鳴り、
手元が緩み、上に跳ね飛ばされる衝撃を受けた。
M-16は、自動小銃状態、3連発、単発の選択が出来たのだが、「素人には3連発まで」といわれ、
左右を鎖に繋がれ、頭のおかしい者らが、急に銃口を妙な方向に向けられなく設定してあったが、
土嚢の上に銃口部を置き、肩にしっかり銃杷を当てて撃ったが、ドッドッド!と、こちらも上に
銃口を跳ね上げてしまい、もう心臓がドキドキして本当に撃つ事が出来なくなった。
そんな経験と、更に昔、学生時代の1986年秋、僕は留学中の台湾から香港経由、羅湖、広州、
そして硬座で上海、更に北京へと行く途上、上海で友人と落ち合い、彼と二人で南京への小旅行
をした。 勝利飯店に泊まり、南京大橋を三輪車で過ぎたりしたが、南京大虐殺の記念堂にも、
当然行った。 青天白日旗(台湾国旗、いえ、国民党軍旗、と言うべきか)も多く飾られ、台湾
同胞も遺族としてここに慰霊を鎮めに来ている事が示されている。 もう、そこは、日本人には
ずっしりと重い歴史の事実が画像中心に羅列されており、一部日本での「南京大虐殺は大嘘」と
言う否定宣言、書籍等が虚しく矮小化されたものだ、と言う事を語るに余りある資料が陳列されて
おり、もう、その晩は二人とも、重く、言葉少なく南京の夜を過ごしたものだった。
偶々同泊になった日本人大学生も、同じ日に大虐殺記念堂に行って来たらしく、精神的に昂ぶっ
た議論に陥りそうになり、僕らはそれを、やめた。 耐え切れない気持ちだったからだ。
そんな事を、思い出させる最後のノンフィクション・フィルムが、ちょっとプロパガンダしてて、
キツいけれども、史実としてそれは刻まれ続けるべきだろうし、「侵略した側は忘れたがり、
語りたがらず、侵略された側は、忘れ得ず、語り残す」当然の帰結を、中国映画の宣撫として、
垣間見る結果となった。 2003年作品、日本では2005年に公開したそうだ。
銃から発射された鉛の塊が、身体を貫き、当たった瞬間に、その人の人生一切が否定される、と
言う暴挙を、「完全否定」を、繰り返し続ける、報復が、次の戦争を生み、その戦争が更に物事を
悪化し複雑にさせるのに。 したり顔でアメリカは軍事産業維持の為に、戦争を続けざるを得ない
んだよ、と言われても、それってオカシイじゃん、って思うんだけど、本当なの?
色んな事象を見ていると、何が本当のホントウなのか、とかって視座立場によって変わるから、
ホントウに本当なんて無いんじゃないかな、とも思うし。

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「2006年バレンタインデー全国同時上映」と中国でやったみたいです。
夏雨、って佐藤B作に似てて、ちょっとシリアス系の役柄に僕としてははまりません。
袁泉も、当時の上海美人的な絵図にはハマるんでしょうが、今風では「清楚な麗人」??
劇中劇連発の始まり、「風と共に去りぬ」が上海で同時代映画として上映されていた頃、
1947年の上海が舞台。
映画人による、熱かった時代の映画史とその回想、賛歌、的な映画。
書割の世界と現実、主演男優と実生活、女優とその過去。
激動の時代を生き抜いた人々の「叫び」とか、「思い」とか、政治的波動なんかが主題、
なんですが、ちょっと両軸のどちらに主眼を置いているのか、が定まらず、勿論最終的
にはその男女の線が絡んで昇華してゆく・・・となるのですが。
断片的に伝わってくる動乱の時代、例えば午前に受け取った紙幣を、直ぐに価値あるもの、
例えば銀棒や金棒に交換しておかなければ、紙くず同様になった、とか、「黄牛」「吹牛」
とか、上海語、英語が飛び交う往時の上海世界、とか、は伝わってくる。
その頃の映画作りの難しさ、国民党〜共産党と変転する中で、何が白黒なのかもその時々
変わって行く雰囲気も分かるが、何か物足りなかった。
矢張り、映画人が映画の世界の郷愁を撮ると、どうしても「思い入れ」が先立ち、クラーク
ゲーブルとダブさせたり、と思いは「分からないでもない」けど、うーん・・・。
全体感の構成で、雑音が多過ぎて主軸が見えにくい、と繰り返して終わりにしておく。

1992年だから、既に15年も前の作品、確かに劉徳華も若い。
物語は、ドタバタです。 アンディのアイドル映画、主演、主題歌も、という感じで。
廟街のボスが、アメリカに行く前に、九龍のボスたちを呼び、これからどうすべきか、等を
言伝する所から始まるが、実は子供を拾ったので、誰かが養え、と急展開。 で登場するのが、
いつも笑顔でデッパラのウ・マンタさん。 人の良いコメディ系の脇役ならお任せ。 勿論、
端役のお茶汲み、しかも代理お茶汲みとして偶々茶を配っていたら、子供を養うはめに。
で、一気に時代はその子が大きくなった1992年、となる。 と言う事は、劇中のアンディの
感じからは、23位、とすると、1979−80年位に、子供を預かり、大きくなった、と言う
風に時代背景を考えれば宜しいか。(別に、あまり劇中背景には関係ないけど)
で、アンディは、廟街の顔役として成長、人の良いウ・マンタに育てられ、街を仕切っている若者
となった。 が、其処には新興勢力の荒くれ者が対抗馬として登場し、街の利権をかっさらおうと
する。 小さい鍔迫り合いを経て、事が大きくなり、最終的には互いが生死を賭して対決・・・、
と毎回のパターンである。
絵は、結構格好良い絵が単発で幾つか出てきて、いかにもアンディの良いショットを撮りました、
といわんばかり。 相手役の女性は、「キリスト教福音センター」の伝道師で、街にキリスト教を
広めようとするが、結局はアンディと恋仲に。
でもさ、キリスト教の伝道をするなら、主よ、キミのスカートは短すぎるぜ。 誘ってる?
ストーリーもちょっと散漫で、全体の盛り立ても強引なんですが、アンディ、バイク、アクション、
恋、涙、みたいなのが、いっぱい出てきます。
ま、娯楽作品としては、良いんじゃない? 幾つもあるアンディの作品のうちのひとつ、として
見れば、まあこういう作品もやったのね、と頷けます。
どの時代でも、香港は混沌として、裏社会が結構のしています。 捨て子も実際居るだろうし、
蛮刀持っての討ち入りも実際有ったでしょうし、今回チャカは出てきませんが、結構拳銃、更には
マシン・ガン等の乱射も、抗争ではあるのでしょう。
社会不安は随時あり、今はかなり中国公安の治安統制も有り、黒社会が淘汰されているのでしょうが、
映画で多く語られている通り、裏では繋がっており、また囮捜査で黒社会に潜入している警察とかも
実際に居るそうです。(殆どが、潜入任務終了後、警察を辞めているそうですが)
Gao Da と北京語で表現する、まあ、小さい事件を、でっかくしちゃう、みたいな衝動で起こる
事件が、中国もしかりでしょうが、「やったな!」 「ふざけんな!」 と双方エスカレートして、
制止、抑制が出来なくなり、大事件に発展、と言うパターンの映画です。
そこには、恨みや、部下、手下の死に対する報復(報仇)劇、というパターンも見られます。
アンディ、主題歌も歌ってますが、国語(北京語)で歌っているバージョンを聞きましたが、
只有〜、のZhiの発音が、やっぱズゥズゥ弁です。 深さが発音出来ないのがアンディの
北京語の特徴だと僕は改めて感じています。

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