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石祠/延宝7。内部に舟形の阿弥陀座像、三猿。 「于時延宝七歳 十一月廿九日」 資料には薬瓶持ちの薬師如来と記載。 しかし瓶を掌に乗せているようには見えず阿弥陀の定印に見えるので、阿弥陀としました。 ここは寺の跡地で、本尊が薬師だったらしく、それもあって薬瓶と見てしまったのではないかと思います。 延宝7年の11月29日は締めの庚申日。 吉祥日のようにしておらず、日にちを明記している場合,調べると庚申日のことがあります。 100%ではないのが悩ましい所ですが(笑) 藤野町、栃谷、沢栃谷 石祠/延宝7。左側面に不見、不聞の2猿、右側面に不言の1猿。 内部に二臂の不明主尊丸彫り。 「延宝七年 未ノ九月廿八日」 こちらの9月28日も庚申日。 資料未記載。 保管している民家は、石祠に名前がある家の子孫とのこと。 集落内民家横の傾斜地に設置されていたが、猿がいたずらして転がり落ち、割れてしまった。 「猿が猿を落した」と笑い話になっているそうです。 修理をするために民家で保管されていたものを撮影させて頂けました。 修復する方法を知らないかと問われたのですが、某サイトをご紹介するしかありませんでした。 石祠なのでセメント接着程度では、笠を乗せるとまた割れそうです…。 寛保4年11月15日は庚申日ではありません。 剣or杓?と宝珠?持ちの僧形二臂。仏像ではなく神像もしくは権現像かもしれません。 設置されていた場所を「さんのう」と呼んでいなかったか問うてみたところ、「そんな名前を聞いたような気がする」と仰っていました。 であれば山王権現像かもしれません。 また、東照権現像で右に剣、左に宝珠というのはあります。車で10分ほどの場所に東照宮があるので、この可能性もあります。 石祠から65年後に本尊を作ったのも謎です。 石祠内に本尊が残っている庚申塔は、神奈川ではあまり数が無く、当初は出会える度に喜んでいたのですが、こうも多いとだんだん麻痺して来ました(笑)。 むしろ、合掌で日月を捧げ持っていない青面金剛や、剣人型の青面金剛など、他地域ではありふれたタイプに出会うと、珍しいと感じてしまうくらいです。 青面金剛/正徳3。三猿。 塔身64cm。 「正徳三癸巳七月吉日」 「ア 奉立庚申供養為二世安楽也」 右上手:剣、左上手:弓。 右下手:矢、左下手:蛇。 木陰で風雨にさらされていないためか、びっくりするくらい状態が良いです。 日月を捧げ持っていない合掌ですが、蛇持ち。 蛇持ち青面金剛が多いのも旧津久井郡の特徴。 こちらは資料に記載がありましたが、住所が間違えているようで、石祠を保管している民家の方に教えて頂いて辿り着けたもの。 奉納者の子孫は複数残っているとのことで、民家の方は庚申塔をご存知でしたが、どう祀っていたのかはご存知ありませんでした。 こちらも庚申信仰は終わっているようです。 |
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