|
伊勢原市の資料に庚申の石祠として掲載されている3基です。 中央の正面と右側面。 寛文7年□□「庚申供養」。三面に猿。 側面にうっすら「大住」の文字が読み取れました(大住郡)。 追記..... 正面:龕上部に「真如法界」左右に「庚申供養」「為菩提也」 左側面:「相州大住郡 小稲葉三郷」(不見猿) 右側面:「敬白 三十二人」(不言猿) 裏面:「旹寛文七丁未歳 五月吉祥日」(不聞猿) 次に最初の写真向って右。 庚申銘(確認できず)。 三猿は無し。 文字がかすれていて庚申の文字は見つけられませんでした。 こちらも大住郡とありました。 気になるのは正面の龕の上に陽刻されているもの。 瑞雲に日輪と思われます。 追記.... 正面:「奉造立」「日光大菩薩」 左側面:旹寛文七丁未歳 五月吉祥日」 右側面:相州大住郡 小稲葉村 惣氏子」 裏面:「願主 敬白」 最後が最初の写真向って左。 三猿も庚申銘もなし。 こちらは「相州」と「小磯」が読み取れました。 おそらく3基とも「相州大住郡小磯村」でしょう。 龕の上に三日月の痕跡が見取れます。 左右の文字は判読できず。 追記.... 正面:「奉造立」「月光大菩薩」 左側面:「旹寛文七丁未歳 四月吉祥日」 右側面:相州大住郡 小稲葉村 惣氏子」 裏面:「願主 敬白」 左右の三日月の石祠は庚申銘も三猿も無いので、 普通なら庚申とは見なされません。 おそらく、三猿付きが中央で、左右に日輪と月輪があることで、 3つでワンセットと見なされたのでしょう。 あるいは何か伝承があるのかもしれませんが、資料には載っていませんでした。 なお、3つとも石祠内には何も無し。 もう少しはっきり銘文が読めれば悩むことも無いのですが、現状ではどうにも。 庚申石祠なのだろうなぁと、ぼんやり信じるしかないシロモノでした。 追記.... 中央上部に「真如法界」と入っているので、 大日如来の他受用身=薬師、左右の日光/月光とで薬師三尊なのかもしれません。 |
全体表示
[ リスト ]




