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横浜市戸塚区で現存最古と思われる庚申石祠です。 ※2013年末に別の場所へ移転し、ちゃんと組み立てられています。 ちゃんと測っていませんが、函は高さ60cm、巾は80cmほど。 笠は1mくらいある大きなもの。 撮影時、紀年銘がどこにあるのか判らず、ささっと写真だけ撮ってすませてしまいましたので、以下は資料から。 承応4年(1655)孟夏(4月)。 裏面 「七守庚申三彭滅失伏 善男子善女人等歳月 之積善餘慶及家□豈 将疑矣哉□命工彫刻 庚申彫像加之憑千現 前清衆伸供養之儀次 製一偈以述上来之功 勲云 齋潔精誠并民睡魔降 去守庚申不□善悪説天 帝這□従来安楽人 干時承応四戴々舎乙未孟 夏如意珠日 恵照山海蔵禪院住持比丘 精士月勤謹誌」 「竊以日域東関路相模 州小坂郡富塚郷三宝 弟子善男子善女子聚 会潔齋而守庚申者向 干十有三稔致穰□招 福之梱祈焉西陽雑 俎云□有彭候尸彭常 尸命児尸之三尸庚申 夜□於諸人蔵肚報善 悪於天帝夫所謂諸悪 莫作諸善奉行有平古 語云三守庚申三尸伏」。 戸塚の名称はこの時代だと富塚だったことが判ります。 しかも三尸の害をメインにした、古来からの庚申信仰が忠実に伝わっていたことが判る貴重なもの。 恵照山海蔵禪院は現存している臨済宗寺院ですが、境内に庚申塔は見つけていません。 取材していませんので、今も庚申信仰が続いているのかなどは不明です。 戸塚区で2番目の現存最古は明暦2年(1656)で、浄土宗の蔵田寺(ぞうでんじ)にあるもの。 当時の宗派が今と同じなのかどうかは調べていませんが、変わっていないと仮定すると、1655~1656年にかけて宗派の異なる寺院が主導する形で庚申塔が連続して造られているのは興味深いです。 文書が残っていそうな気もしますが、寡聞にて存在は知りません。 もともとは戸塚駅の北にある踏切のそばにありましたが、東海道線、横須賀線が通過する「開かずの踏切」で、それを解消するための工事が延々と行われており、現在は矢部町の住宅街の空き地に仮置されています。 上の写真撮影当時は自由に見れましたが、今は鍵のかかった金網の中。 藪と土にうまりつつあります。早く元の場所で公開されることを祈ります。 |
ちょっと変わった庚申塔
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