庚申塔探索

神奈川最古は寛永10年塔?

秦野市

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谷村の青面金剛塔

北矢名、谷村

イメージ 1享保12年9月吉旦
合掌六臂、邪鬼、三猿、二鶏
「奉造立庚申供養塔」
「谷村講中」

日輪と月輪、鶏は側面。
講中と講員の名は背面。

地域的には隣の伊勢原市にごく近いというより、伊勢原市でもおかしくないような場所ですが、不思議なことに、とたんに状態の良い青面金剛塔が登場します。

側面に日月があるのは、ごく稀にありますが、久々に見たので堪能。
立ち去りかけて妙な違和感が。









イメージ 2イメージ 3

























辻にあるのですが、村の中を向く設置。
イメージ 4




















左の道は1件の民家があって、そこで終了。
右の道は畑でした。
近所のお宅で質問してみましたが、
昔から辻にある。
辻から左右の道より上(山)には昔から家はない。
無理に進めば弘法山にあがることはできるが正式なルートではない。
なぜ辻にあるのかは知らない。
とのこと。

集落のはずれの辻ではありますが、先に畑しかないのでは道切になっていません。
違和感の原因はこれでした。

後で1970年代の航空写真を確認してみましたが、確かにずっと農地だったようです。
イメージ 5イメージ 6











庚申塔の場所は左の白地図で右下にある「57.42」となっている辻。
右の航空写真は同所の1970年代のもの(現在も大差ありませんが)。

ますます意味が判らなくなりましたが、山を越えた場所に矢倉沢往還が通っていた善波峠があるのに気がついて、道標の意味があったのではと妄想しました。
庚申塔の日輪がついている側(右)を進むと善波峠=矢倉沢往還。
月輪がついている側(左)を進むと弘法山という山越えになりますが、江戸時代の宿場で十日市場が立っていた、現在の秦野市本町あたりへ直線的に行くことができます。

今は使われなくなっただけで、享保年間の頃は重要なルートだったのでは。

と思いつつ、もう1つの可能性も。
現在は微妙に方位がずれているのですが、青面金剛を拝むと相模国の御岳「大山」か「弘法山」を拝むことにもなります。
地元のお宅で質問した際はそこまで頭が廻らなかったのが、ちと心残り(笑)。



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