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大井町の篠窪は山の上を開いた集落ですが、矢倉沢往還が通っていた土地。
三嶋神社も立派です。 鎌倉時代から続く二階堂氏(一部は戦国大名化、現代も政治家)の墓所があります。 中村川水系の源流域の1つです。 大井町はほとんどが1ヵ所に1基ですが、篠窪は庚申信仰が篤かったのか2基残っています。 それに加えて庚申講による階段供養塔。 さらに屋敷神として庚申を祀る家もあり、そちらにも2基の庚申塔があるようです。 ※再訪する機会があれば探してみたいですが、ちょっと行くのが大変。 庚申塔はいずれも素朴なものです。 正面「庚申供養塔」村講中 中村道 左側面「北大山道」 右側面「西ふじみち」 裏面「文化七午六月吉日 施主内藤文七」 中村道は資料では中村為となっていますが誤読。 中村川へ出る道ということで、おそらく矢倉沢往還の地元名称でしょう。 紀年銘読めず 「庚申塔」 草書体の文字がいくつかあるのですが、風化気味でどうにも読めませんでした。 以下は庚申塔ではありませんが関連石造物。 石段上部の両サイドにある尖角柱です。 安永2年4月8日(1773) 「石(石偏に皆)橋(異体字)建立」 「惣氏子中」。 「當邑 庚申講中」 「神山村 世話人 源之丞 善衛門」 「同 建立」。 「信州 石屋茨左衛門」 写真で文字は判りますが読みは不明です。 神社入口あたりに小さな石橋があったような記憶はありますので、石階段と石橋を作った記念碑ではないかと思います。 「神山村」は篠窪から西へ1.5kmほどにある、現在の松田町神山。 山越えの隣村です。 篠窪三嶋神社は篠窪村と神山村、2村の総鎮守。 神山村のまとめをしたのが世話人2人なのかもしれません。 ※神山村(松田町)にも庚申塔があります。 信州石工の茨左衛門は手持ちの神奈川県内信州石工リストに載っていない人でした。 リストは刻像塔がメインだからかもしれません。 石仏マニアの大先輩には神奈川の石工リストを作っていた人がいると聞いたことがあります。 この趣味も掘りさげるときりがないです(笑)。 |
大井町
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