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山崎の妙法寺。
鎌倉で妙法寺といえば大町にある古刹が有名ですが、こちらは昭和3年になってから引っ越してきた小さなお寺さんです。 どちらの妙法寺も日蓮宗ですが、大町は楞厳山(りょうごんさん)妙法寺。 山崎の妙法寺は宝珠山妙法寺で、鎌倉といっても大船エリアです。 ここに珍しいものが(庚申塔ではないので、鎌倉の庚申資料には未掲載)。 紀年銘なし ちょっと小さいですが扁額と思われます。 境内に庚申神社らしきものはありません。 山崎の妙法寺は昭和3年に引っ越してくる前は山梨県にあったそうで、そちらにあったのかと思いきや、台石の銘文を読むと、山崎のどこかに庚申神社あったようです。 「庚申ノ霊感告テ 曰ク當山北方地下數 尺六百三十年ヲ経タル 我ガ神體アリ速ニ出 シ法華勧請セヨ即 チ守護法益ヲ得マシ ミ惣法其地ニハ此ノ 神體出タリ 依テ此處?ニ謹ミテ勧 請ス 維時昭和九年九月十日 寳珠山 龍敬誌 感得主(個人名)」 ネットにある情報では、寺を建てる際に地中から出たものだそうです。 昭和3年に引っ越してきた時だとすると、ちょっと時系列が合いません。 文脈からすると、昭和9年あたりに當山(=妙法寺)の北の土地を掘って出た神体がこの扁額でしょう。 路面拡張工事でもあったとか? 宝珠山妙法寺の北がどの辺りか気になりますが、寺の前の道路あたりかもしれません。 北野神社がある山裾についている古くからの道で、明治の地図を見ると 北全域は一面の田圃ですが、ちょうど寺の前あたりは別れ道になっていました。 そこに庚申神社があったのか。 あったとしても、おそらくかなり小さな祠程度のものでしょう。 なお、寺から東へ200mほどの辻には庚申塔群があります。 ここも古くからの辻で、山崎村への入口部分だったようです。 寺の裏山にある北野神社の入口には庚申講中の銘がついている角柱があります。 正確なことは不明ですが、寛政11年に庚申講が小さな橋でも付けたか、階段を整備したのではないかと思われます。 平成になって土中から出たものだそうです。 つまり、それなりに庚申信仰があった土地なのは間違いありません。 ただ、明治の地図では、現在の寺の土地には家もなかったようです。 寺の前の辻に神社があったとしても、少々唐突…。 鎌倉で現存最古の庚申塔は寛文5年(1665)です。 一方、この霊感がらみの銘文をそのまま受け入れて考えると、 昭和9年(1934)から630年前は慶長9年(1604)。 その頃、庚申神社があったということに。 神奈川の庚申塔は寛永年間(1630年前後)からなので、 慶長9年に庚申神社があっても不思議はありませんが、 その頃に「妙法庚申神社」という名前を使うものなのかという疑問も。 真贋はともかく(笑)、こういうものがあるのは面白いです。 |
鎌倉市
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