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湯本茶屋村は風土記稿の時代27軒。
名前の通り東海道で早川を渡る三枚橋(直進すると湯本などがある温泉道)から東海道を登って、最初に一息つける茶屋がありました。 湯本茶屋村は、もともとは湯本村の一部だったため、村の鎮守は湯本にある白山神社でした。寛永の頃、東海道整備が進み、立場(休憩所)や一里塚ができたため分村になったようです。 白山神社にも庚申塔はあるのですが、奉納者は湯本茶屋村ではなく湯本村の講によるものです。 享保10年5月 「□納庚申供養」 湯本5名 茶屋村5名 三面に猿。 山神神社は村持ちですが鎮守ではありませんでした。 東海道からきつい坂を登った場所にあり、湧水がありますので、原初は村の水場としての祭祀だったのでしょう。もしかしたら茶屋で出す飲物に使われていたかもしれません。 そのまま登ると尾根伝いに箱根の関所を通らず抜けられたので、間道だった可能性はありますが、江戸中期頃にはだいぶ緩くなっていたとはいえ一応違法です。奉納者は2つの村で5名ずつ、いずれも姓名があるため、庚申塔は東海道筋にあったと思われます。 他に石祠などもありますので、村内の石造物をまとめたのでしょう。 |
箱根町
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