庚申塔探索

神奈川最古は寛永10年塔?

中井町

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本来であれば中井町の17~20に入れるべきもの。
しかし山の上にあり、小田原から大山への旧道らしき場所と思われるので大山街道に分類しました。
地元の方によると、上杉謙信が小田原攻めをした旧街道が近くを通っていたようです。


中井30(田中、大久保)
イメージ 1石祠
紀年銘不明
二鶏、中央遥拝の二猿
中尊に阿弥陀三尊?(全て合掌)


梅林の中にあるので住所はありませんが現在の町名は田中。字は大久保になるようです。
塔の台石仏から北80mほど。
中井町史の明治版に情報がありましたが、その説明では「塔の台石仏の東、高台の農地に塚状の盛り上がりがあり、その上に」あると書かれていました。
地主さんによると昔から現在地にあるとのことですが、明治から現在に至るどこかで移設されたと思われます。

中井18の石祠もこの石祠も、もう1基あるはずの二鶏三猿付石祠も、地元では「山の神」として認識されているようです。中井町には他にも「山の神」はありますが、どこにあるのかが不明で、偶然の出会いしか期待できないのが残念な所です。

イメージ 2これは中尊で、合掌仏が3並びなので阿弥陀三尊と仮定しました。
山王祠であれば、山王三聖の本地、釈迦薬師阿弥陀としたい所ですが、断定できません。
風土記稿の田中村の条には、山王社が2つ、山神社が1つ記録されていて、これがどちらになるのか地主さんに聞き取りしてみましたが、やはり「山の神」との答えでした。
他の地域の同系石祠で、庚申や山王の銘入りは見たことがありますが、山神の銘があるものは記憶に無く、山王を山の神とローカルで呼んでいたのでは、という気もします。

となると、やはり他の「山の神祠」を見てみないと…。

http://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/37751949.html

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