庚申塔探索

神奈川最古は寛永10年塔?

厚木市

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山神宮自体は個人祭祀で勝手に入らない方が良いと地元の方から注意されました。
しかし山神宮の下を通る道は、明治の地図だと古い村道だったようで、庚申塔はその路傍ともいえる場所にあるため、ブログに書いても問題ないと判断しました。

イメージ 1この古道は真弓川の左岸をずっと通り、松石寺の直前で橋を渡って右岸に移るルートでした。
現在は、紅梅学園あたりから深堀橋を渡り真弓川の右岸を通る車道がメインになっていますが、ネットで見られる最古の地図では、古道がメインで、深堀橋を渡るルートは細い道だったようです。
古道は一部現存しており、厚木精華園への橋を渡って突き当たる道が該当します。

イメージ 2これを北へ直進すると、松石寺側(右岸)への橋の直前にこんもりした小さな森があり、そこが山神宮のある場所。
橋はほぼ同じ場所に2つあり、現代の新しい橋の下に古い石橋が残っています。
山神宮の階段入口の手前に岩があり、その上に丸彫り不動明王半跏像。これが庚申塔です。


イメージ 3近年、山神宮上の斜面に桜を植樹した際「不動森の桜」と呼ぶようになったようですが、それはこの不動があるからでしょう。
真弓には他に3基の庚申塔があり、橋を渡ってすぐの所にありますが、実に中途半端な場所で、他所にあったものを移設してまとめた感じです。
松石寺がある真弓へのアクセスは3ルートあり、山神宮の下を通る真弓川ルート、下峯からの山越え(現存)、陽野からの山越え(ゴルフ場で消滅)がありました。3基は下峯か陽野からの道沿いにあり、開発でまとめざるを得ず、一方これが移されなかったのは開発されなかった場所だからかもしれませんが、杜の下の岩の上が祭祀場として認識されていたことが理由のような気もします。

イメージ 4蓮台の上に竿と半跏の不動。
竿左側面
庚申供養
明和五子年 十一月吉辰


竿右側面
當村中
敬白


知る範囲で厚木市の不動庚申塔はこれで3基目。
他の2基は厚木南部の、大雑把に分類すれば大山街道方面ですが、これは違います。

真弓は曹洞宗の古刹、松石寺の影響が強かった土地で、當村が真弓村(風土記稿には小名としても未掲載)だとすると、普通なら不動を主尊にするとは考えにくく、他の村かとも考えました。
しかし松石寺は空海が建立した伝で中世に改宗。その関係からなのか境内には四国八十八ヶ所巡りイメージ 5の石仏群(不動もある)があり、門前に茶屋があるほど賑わったそうです。

また、上荻野村に密教系寺院や修験寺はありませんでしたが、下荻野村には修験寺が3つ、上荻野村の東には八菅修験があり、荻野や愛川の田代、丹沢山系にかけた一帯に行場がある修験色の濃い土地でした。
こういった背景から不動の庚申塔が造られたのでしょう。


https://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/38356837.html

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> stjtomoさん
内緒設定のコメントありがとうございます。
ご指摘の通り、天明ではなく明和です。修正致しました。

頭は明和とタイピングしたつもりが、指は天明と動いていたようです。
恐ろしい…

2017/8/23(水) 午前 9:28 [ 魚茶 ]


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